1.怪異

2/6
前へ
/30ページ
次へ
 つい、座椅子に座ったまま居眠りしたことを思い出す。五十代になって酒が弱くなっちまったもんだ。  樽谷は、ようやく異変に気づいた。  座椅子に体がロープで縛られている。両手両足もだ。 「なんだこれは! 冗談じゃねえぜ」  酔いが残る頭を振り、樽谷は吠えた。しかし屈強で腕力に自信かある樽谷が逃げられぬほど、入念に縛っている。もがいたものの、伸ばした足を座卓に打ち付けただけだった。 「くそ、解けやしねえ! おいっ、柳」  暴れる樽谷の形相が、にわかに怒りに歪む。 「出てきやがれ、何のつもりだ!」  競馬で大当てしたから奢るっていったくせに、こんな真似をしやがって。幾度となく警察の厄介になった樽谷だが、初めて会った柳には恨まれる心当たりがなかった。
/30ページ

最初のコメントを投稿しよう!

3人が本棚に入れています
本棚に追加