君が忘れたあの場所で

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「ここ?」  僕はおどろいて足をとめる。  ここに、キーホルダーの落とし主がいるんだろうか。いや、これが遺品なら落とし主は死んでるはずだ。そうだとしたら、この場所に思い出があるということだろうか。  柚葉が何も言わずに先にゲートをくぐっていく。公園だけど、小さな遊園地のようでもあった。日が暮れたあとも開放しているらしい。整えられた花壇と噴水。植物園もあるようだった。 「このキーホルダー、ここで買われたものなんだ」  先を歩いてる彼女がぽつりとつぶやいた。 「これはプレゼントだったの。結局、渡せなかったけど」 「じゃあ、このキーホルダーをプレゼントしにいくってこと?」  思えば、今までの物たちも厳密には持ち主のもとに帰ったわけではないのだ。そのひとの家族や大切なひと。物の思い出が宿る場所。 ――心菜が戻ってきたのかと思った。  前にそう言われたことを次第に思いだす。  園内をふたりで静かに進む。今日の彼女はあまりしゃべらなかった。  今日で最後。  そう言ったことを気にしているようにも見えた。 (彼女はお別れを言うために会いにきてくれたんだ)  その瞬間、それがわかる。  あのまま永遠に姿を見せないこともできたのに。  日が落ちたあとの空は、辺り一面群青に染まっていた。小さく輝く星も見える。彼女について進んだ先にひろがる風景を見て、僕はわずかに息をとめた。  園内のあちこちに光が見える。  道に埋められた光る石。  フローライトという言葉を瞬間的に思いだす。 「ここ、もしかして鉱物公園?」  以前、教えられた場所。  光の帯は道沿いに続いて、天の川に立っているようだった。地上を走る光の川。柚葉は正解と言うように、小さくうなずいてほほ笑んだ。どうして気づかなかったんだろう。 「柚葉は……シトロンだったの?」  急に話せなくなってしまった、SNSで繋がったひと。 「ここ、前にひとりで来たんだ。ちょっとずつひとりでも外出できるようになった頃だった。下見をしておけば、ふたりで会っても迷わずに行けるような気がして」  駅から柚葉について歩いた道を思いだす。  細い路地が続いて、確かに初めてだったら迷うかもしれない道だった。 「それで、次に会うときに渡すおみやげを買おうと思ったの」  柚葉がキーホルダーを取りだす。  夜の薄闇のなかでも反射していてきれいだった。辺りにたくさんの光がまたたいているからかもしれない。僕は手をのばして、キーホルダーを受けとった。指がふるえそうになる。今までのことを思いだす。  いきなりシトロンと話せなくなったこと、後悔してると告げた声。初めて会った日、僕のことを「ちょっと知ってる」と言ったこと。 「これは、柚葉のだったの?」  僕の小さな問いかけに、柚葉はうなずいた。 「やっとこれで、心置きなくこの場所から旅立てそう」  そう言う柚葉の体は光を放ちはじめていた。  地上にたくさん埋められたフローライトと同じように。
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