君が忘れたあの場所で

2/11
前へ
/11ページ
次へ
「使っていたのは、六歳くらいのツインテールの女の子。寝るときも毎晩一緒で、その子が生まれたときからずっとそばにいたんだ」  見てきたように彼女が言う。本当かはわからないけど、それなりに本当らしく聞こえる。物の記憶が見えるという彼女の言葉を思いだす。つまり、このぬいぐるみの記憶がそれというわけだ。 「その子の名前はわかるの?」 「くーるん」  よどみなく彼女がそう言った。 「それは、ぬいぐるみの名前?」 「そう。毛が全体的にくるってしているから、くーるん」 「そうじゃなくて、そのくまを落とした女の子の名前」  訊きながら、まだ僕は半信半疑のままだった。 「女の子の名前は、ここな」 「名字は?」 「そこまではわからない」 「ちなみに、どこに落ちてたの?」 「この公園からまっすぐ歩いて国道に出た、三叉路のある交差点」 「そのまま置いておけば、家族が取りにくるんじゃない?」 「だめだよ。雨に濡れちゃうし。くーるんも帰りたがってるし」 「でも、さすがにその子の家の場所までわからないでしょ?」  やはり警察に届けるのが一番いい気がしてくる。下の名前がわかっても名字がわからなければ、家を特定しようもない。 「その子の家は二階建てで、窓からこの公園が見えるの。方角で言うと西の方。ここなちゃんは天気がいいと、くーるんをその窓辺でひなたぼっこさせてたんだ。屋根は赤色で、わりと新しいお家だと思う」  そこまでわかるのか。  公園が見えるということはそんなに遠くないはずだ。やれやれ、と腰をあげる。ここまで聞いてしまったら付きあうしかなさそうだった。赤い屋根ならよく目立つ。この公園の東側をくまなく見てまわれば、それに該当する家が見つかる可能性もある。このすべてが彼女のつくり話じゃないとすれば。 「じゃあ、ちょっと探してみる?」  しぶしぶそう尋ねると、彼女は満面の笑みを浮かべて大きく「うん!」とうなずいた。  公園の西側、二階建て、わりと新しい、赤い屋根。  その子が口にした言葉を反芻しながら歩きだす。何やってるんだろうって思わなくもないけれど。人助けだと思えばいい。もうひとりの自分が、内側の僕にそうささやく。 「きみはこんなところでふらふらしてて大丈夫なの? その、家とか学校とか」
/11ページ

最初のコメントを投稿しよう!

0人が本棚に入れています
本棚に追加