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「使っていたのは、六歳くらいのツインテールの女の子。寝るときも毎晩一緒で、その子が生まれたときからずっとそばにいたんだ」
見てきたように彼女が言う。本当かはわからないけど、それなりに本当らしく聞こえる。物の記憶が見えるという彼女の言葉を思いだす。つまり、このぬいぐるみの記憶がそれというわけだ。
「その子の名前はわかるの?」
「くーるん」
よどみなく彼女がそう言った。
「それは、ぬいぐるみの名前?」
「そう。毛が全体的にくるってしているから、くーるん」
「そうじゃなくて、そのくまを落とした女の子の名前」
訊きながら、まだ僕は半信半疑のままだった。
「女の子の名前は、ここな」
「名字は?」
「そこまではわからない」
「ちなみに、どこに落ちてたの?」
「この公園からまっすぐ歩いて国道に出た、三叉路のある交差点」
「そのまま置いておけば、家族が取りにくるんじゃない?」
「だめだよ。雨に濡れちゃうし。くーるんも帰りたがってるし」
「でも、さすがにその子の家の場所までわからないでしょ?」
やはり警察に届けるのが一番いい気がしてくる。下の名前がわかっても名字がわからなければ、家を特定しようもない。
「その子の家は二階建てで、窓からこの公園が見えるの。方角で言うと西の方。ここなちゃんは天気がいいと、くーるんをその窓辺でひなたぼっこさせてたんだ。屋根は赤色で、わりと新しいお家だと思う」
そこまでわかるのか。
公園が見えるということはそんなに遠くないはずだ。やれやれ、と腰をあげる。ここまで聞いてしまったら付きあうしかなさそうだった。赤い屋根ならよく目立つ。この公園の東側をくまなく見てまわれば、それに該当する家が見つかる可能性もある。このすべてが彼女のつくり話じゃないとすれば。
「じゃあ、ちょっと探してみる?」
しぶしぶそう尋ねると、彼女は満面の笑みを浮かべて大きく「うん!」とうなずいた。
公園の西側、二階建て、わりと新しい、赤い屋根。
その子が口にした言葉を反芻しながら歩きだす。何やってるんだろうって思わなくもないけれど。人助けだと思えばいい。もうひとりの自分が、内側の僕にそうささやく。
「きみはこんなところでふらふらしてて大丈夫なの? その、家とか学校とか」
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