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ふいに気になって訊いてみる。
「それは大丈夫。そういうあなたも同じようなものでしょう? 学校行ってないわけだし」
「もしかして中学生?」
「中学に見える? 高校生だよ」
童顔で背も高くないから年下なのかと思ってた。お互い違う高校で、不登校というわけか。
「家で毎日暇じゃない?」
僕はさっきから質問ばかりだ。雑談を交わしながら、目的の家の外観をとりこぼさないようにする。
「だから、散歩するときに落とし物を見つけたら届けることにしたんだよ。そしたら、一日ひとつでも意味あることができるわけだし」
一日ひとつ意味あることを。その心情は僕にも理解できた。家でひとりの部屋にいると、限りなく自分の存在が無意味なものに思えてくるから。
「いいけど、知らない人にいきなり声をかけないほうがいいよ」
「なんで?」
日中公園のベンチでボーッとしてる男なんてろくなやつじゃない。そう言おうか一瞬迷って、すごい自虐に思えてやめる。
「だっていろいろ危ないじゃん」
僕としてはひどくまっとうなことを言ったつもりだったけど、彼女は少し目を細めて、「優しいんだね」と笑ってみせる。知らない異性と話すのに慣れた仕草に見えて、胸が痛みそうになる。もうとっくの昔になくしていたと思ってた、心臓に近い胸の一部が。
「でも、いちおう言っとくと、わたしはあなたのことをちょっと知ってるんだよ」
「え?」
なんで?
重ねて訊こうとしたところへ、
「あ、もしかしてここじゃない?」
彼女が急に足をとめる。二階建て、新しい赤い屋根。そこには、彼女が言ったとおりの外観の家があった。
「くーるん、なんて言ってる?」
僕がそう尋ねたら、彼女がぶはっと声をあげた。一拍遅れて笑ったと気づく。
「そんなのわからないよ。物の記憶が見えるだけで、ぬいぐるみとは話せないから」
でも、さっき「くーるんも帰りたがってる」って彼女は言わなかっただろうか。物の記憶が見えることと、ぬいぐるみと話せることはどうやら別のようだ。
彼女は赤い屋根の真新しい家を見あげて、「ここだと思う」とつぶやいた。その声には静かで揺るぎない確信がこめられている。
「それで、どうするの?」
「くーるんを玄関先に置く」
彼女はそう言うと、くーるんをドアの前にそっと置いた。屋根があるから、雨が降って濡れることもなさそうだ。
「チャイム鳴らしたりしないんだ」
「しないよ。どうやってここがわかったのか説明できないでしょ。最悪盗んだと思われる」
まあ、それは確かにそうだ。落とし物は落とし主だけがなくしたと気づけるもので、そこに赤の他人が介入する余地はない。たとえば財布に免許証とか個人情報が入っていれば届けることもできるけど……いや、その場合も普通は警察に託すだろう。
僕は彼女にならうように家の前から離れた。
玄関先のくーるんが少し喜んで見えたのは、おそらく目の錯覚だろう。願望と言ってもいい。良いことをしたから感謝されたい。無意識にそう思ってた矮小さを反省する。
「もう夕方だね」
気づけば太陽は西にかたむいていた。
「付きあってくれてありがとう」
まっすぐな瞳で見つめられて、
「どういたしまして」と言った声がかすれそうになる。
これが彼女の言う「徳が積める」ということなら、そんなに悪くない。そう思いそうになる。
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