君が忘れたあの場所で

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 別れたあとで、僕は名前を訊きそびれたことに気づいた。そしてもうひとつ。彼女は「僕のことを知ってる」と言っていた。あれは、はたしていったいどういう意味だったんだろう。  次の日、僕は同じように公園のベンチに座っていた。それは、もう一度彼女に会えないか期待したからだ。そんなのちょっとばかげてるけど。  でも、きのう彼女は散歩している途中で落とし物を見つけたら届けると言っていた。だとしたら、彼女の日常に散歩が組みこまれててもおかしくない。僕がこうやって公園でボーッとするのと同じように。 「あ、またいるんだね」  回想をめぐらせていたら、横から急に声がした。きのうの女の子だ。待っていたのに、いざ現れるとうろたえてしまいそうになる。自分の都合のいい夢じゃないかと思えてくる。 「今日も散歩?」  その気持ちを隠すように早口で訊いていた。そのあいだにもじわじわと喜びがこみあげてくる。期待していたとおり、またここで会えるなんて。 「今日はこれを見つけたの」  そう言って彼女が出したのは、金属製のしおりだった。銀色で端の方に青い紐が付いている。これはそんなに古くない。ところどころに繊細な花の模様が彫られている。 「これも道に落ちてたの?」 「そう、さっき拾ったところ」 「じゃあ、今日もきのうみたいに家を探して届けてみる?」 「それが、今回はちょっとそうもいかないんだよね……」 「どういうこと?」  彼女は下をむいて、言いにくそうに口をひらく。 「このしおりが使われたのは、学校の図書室みたいなの。だから家はわからなくて、その子の名前もわからない」 「きのうは名前までわかったのに?」 「それは……あれがぬいぐるみで、その子が自分のことを名前で呼んでたから。くーるんと遊んだときの記憶。今回はしおりだし、年齢的に落とした子ももっと大きいと思う」 「なるほど」  あくまで彼女がわかるのは、物に宿った記憶なのだ。 「どんな図書室かはわかるの?」 「まわりに大きな窓があって、白いカーテンがかかってる。茶色いカウンターの前にたくさん本が並んでる」  どこにでもありそうな図書室の様子だった。それだけじゃ特定できないし、届けるのも難しそうだ。 「今回はあきらめる?」 「うーん」  彼女が顔を少しゆがめる。  どれだけ物の記憶が見えても難しいときもあるだろう。
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