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何気なく交わしたあいさつ、今思うこと、見た動画、行き場のない悩みや本音、おいていかれるような焦燥、闇に沈みそうな気持ち。どれだけ世間に見はなされても、その子と話しているときは大丈夫でいられたこと。
連絡が途絶えたのはいつだっただろう。気づけば音信不通になって、当時はそれがとてもこたえた。いつかふたりで会えたらいい。そんなことまで話してたのに。
「柚葉はSNSやってる? もしよければ繋がろうよ」
今までの会話から自然な流れを汲んだつもりだった。彼女は唇の端を少しゆがめてうつむいた。
「SNSはやってないんだ。もうやめちゃったっていうか」
「ひとつもやってないの?」
今どきの高校生で、そんなことってあるだろうか。がっかりしたけれど、それ以上追及できなかった。誰でも触れてほしくない話題のひとつやふたつあるだろう。
じゃあ、連絡先は?
さらにそう訊くことだってできた。本当に仲良くなりたいならそうするべきだったのだ。でも、僕は躊躇した。彼女と繋がることができる最後のチャンスだったのに。
その日の夜、ずっと放置していたSNSをひらいてみた。名前も顔も知らない誰かと話していた会話の記録。その子のアカウント名が「シトロン」だったことを、久しぶりに思いだす。
『リヒトくんはいつか、行ってみたい場所ってある?』
約一年前に投げかけられた質問も、まだそのまま残っていた。リヒトは僕のアカウント名で、飼ってた猫の名前だった。黒と白のハチワレで気性が荒くて人見知りで、数年前に病気で死んだ。猫は人間よりもずっと繊細な生き物で、寿命だって短かった。
『とくに思いつかないな。シトロンはそういう場所あるの?』
『わたしは鉱物公園かな。夜になると、公園内の石が光ってきれいなんだって」
『石が光る?』
『紫外線とか熱で発光する石なの。そういう石のことをフローライトっていうんだよ』
『くわしいね』
『けっこう調べたから』
会話のログを追えば追うほど、胸の痛みが強くなる。最後のほうは僕からの質問ばかりで埋まってる。
『おはよう』『最近元気にしてる?』『具合悪いの?』『何かあった?』
すべて未読のままだ。
その羅列は、僕の最後の質問で終わってる。
『もう僕と話したくない?』
こんなことわざわざ訊かなくても自明のことだったのに。柚葉とあんな話をしたから、思いだしてしまった。もしかしたら、同じことをしてしまったかもしれない。
そう思ったのは次の日だった。いつも行ってる公園で、その日夕方になっても柚葉は姿を見せなかった。待ちあわせをしているわけじゃない。それなのに、僕はいつでも彼女が来るような気がしてた。いくら不登校でも用事がある日もあるだろう。
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