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母さん、僕を生んでくれてありがとう
プロローグ
母さん、僕を生んでくれてありがとう。
みんなは僕が何も聞こえてないし何も感じてないと思ってたようだけど、僕はずっとみんなの声が聞こえていたよ。
母さんが僕にしてくれてたことも全部わかってたよ。
母さんは僕をすごく大切にしてくれてたし、愛してくれた。
だから僕は母さんのおかげですごくしあわせだった。
僕が生まれた時にみんなが母さんのことを可哀想って言ったよね。
でも、母さんはみんなに向かって、僕が生まれてしあわせですときっぱり言ってくれた。
その言葉がすごく嬉しかった。
母さんは毎日僕の耳元で、こんな体に生んでごめんねって涙ぐんでたよね。
その時は少し辛かった。
僕は母さんの子供に生まれてすごくしあわせなのに、それが伝えられないことが僕は辛かった。
母さんは僕によく本を読んでくれたよね。その本の題名も内容もちゃんと覚えてるよ。
母さんが僕の隣で本を読みきかせてくれてる時間は僕にとって至福の時間だったから。
他にも母さんと過ごした時間は楽しかったししあわせだった。
病室でいっしょにテレビを見たり、母さんが父さんと出会った日のことや母さんの子供の頃の話をしてくれたよね。母さんのドジなところに笑っちゃったよ。
母さんがたまにギュッと抱きしめてくれた時は本当に嬉しかった。
僕が死んだとき、母さんは号泣したよね。
元気な体に生んであげられなくてごめんねって僕に何度も謝ってたよね。
母さん、謝らないで。僕の十七年間は母さんのおかげですごくしあわせだったんだから。
僕は生まれてからずっとしあわせだったことをどうしても母さんに伝えたくて、この本を書いたんだ。
僕が母さんと過ごした十七年間を日記風にしたものだから、またゆっくり読んで僕のことを思い出してね。
それからこの本をどうやって渡そうかといろいろ考えたんだ。
できたら僕と同じ年の母さんに渡したいと思った。
なぜかっていうと僕は女の子とデートしたことがなかったから一度くらい同世代の女の子とデートがしたかったんだ。
どうせ女の子とデートするなら、やっぱり母さんしかいないと思って、二十五年前の母さんを駅で誘ったんだ。
最初は電車に乗ってる十七歳の母さんになかなか声がかけられなくて、最後の日にやっと勇気を出して声をかけたんだ。
若い母さんとカフェでいろんな話ができてよかった。勇気を出して母さんに声をかけてよかった。
十七歳の母さんには、何も書いていないこの本がなんのことかわからなかっただろうね。僕が間違って渡したと思ったみたいだね。
でも、きっと本好きの母さんのことだから、この本を大切に保管して二十五年後に読んでくれると信じてた。
母さん、僕を生んでくれて本当にありがとう。
僕は十七年間、すごくしあわせだった。次のページから、そのしあわせな僕の十七年間がぎっしり詰まってるから、この後、僕のことを思い出しながらゆっくりと読んでね。
わたしはページに落ちた涙を慌ててハンカチを取り出して拭き取った。大切な本を汚すわけにいかない。
一度本を閉じてから涙が枯れるまで泣いた。何度も何度も涙を拭いた。
気がつくと明るかった部屋は薄暗くなっていた。
蛍光灯の灯りをつけてから本を手に取った。
さあ、これから健が生きた十七年間が詰まった本をゆっくり味わって読もう。
わたしは人生で一番大切な本のページ目を捲った。
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