きみに繋げる物語

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「正直、途中からオレが勝てるかもしれねえとは思っていませんでした。唱飛さん、オレの反撃なんか一切受けずに、着実にオレを仕留めようとしてましたもん。すげえ、冷静なヒトだなあって思ってました。それに比べてオレは焦って、ヤケクソで殴りかかったけど、結果的にそれが原因で負けたんすからね」  アマチュアの頃から僕との試合までは、負け知らずだったという。リングに上がっても手応えを感じず、「簡単に」勝利をその手におさめられた。確かに工藤の過去の戦績を辿ってみれば、どれも一ラウンドKO勝ち。最終ラウンドまで持ち込むことになったのは、僕との試合が初めてだった。  工藤は簡単に、と口にしたが、彼がその戦績を誇っているのは、決して簡単ではない苦難の道を普段から歩いているからこそついてきた結果だろう。同年代の友人らが娯楽に費やしている時間も、惰眠を貪っている時間も、すべてをボクシングに注ぎ込んだ。食べ盛りの少年が食べたいものも我慢して、肉体を絞り尽くした。それらの苦行が「普通」だと思っているからこそ、成し得た証だ。 「今日はこれだけを言いに来ました。オレ、もう一度唱飛さんと闘わせてください。リベンジっす。次はぜったいオレが勝ちますから、首を洗って待っててくださいね!」  人や金が多く絡めば絡むほど、僕たちの希望は考慮されづらくなる。僕も工藤も、あるいは無名の選手だったとしたら、彼の望むリベンジは、すぐに果たせたのかもしれない。  結局、工藤が切望していた僕とのマッチメイクが叶う可能性は、未来永劫潰えてしまった。
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