1.ミカエルの画策

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1.ミカエルの画策

昨今、天使が増えすぎている。 可愛ければ、何でもかんでも「天使」と言う人間のせいだ。 我が子を見ては天使。アイドルの笑顔も天使。飼っている犬でも猫でも、みな天使。最近は子供のランドセルまでが天使化だ。 人間が気軽に天使天使と口走るたび、天界ではどんどん天使が増える。 「あんた、邪魔!」「おまえこそどけよ!」 超満員の天使寮は、阿鼻叫喚の坩堝(るつぼ)だ。 とてもじゃないが寮母マリアの手も回り切らない。 「もう無理です! これ以上は面倒見切れません。何とかしてください!」 度重なる訴えに、天界庁の神は大天使ミカエルを内密に呼び出した。 「のう、ミカエル。またマリアから苦情が来ておる。天使の数が増えすぎて収拾がつかぬ、とな。何ぞ妙案はないものか」 困り果てた様子の神をちらりと見ると、ミカエルは小さく肩をすくめた。 「あるにはありますが、ちょっと荒療治にはなります」 矢のような突き上げに身も心も疲れ果てていた神は、まさに救いとばかりに身を乗り出した。 「構わぬ、申せ。さすれば天界庁長官たるわしが、全力で後押しするぞ」 「そうですか。では申し上げます」 ミカエルはこほんと咳払いを落とした。 「事は簡単です。増えすぎたものは減らせばいい」 淡々としたミカエルの口調に、神は打って変わって怯えたように後ろへ退()いた。 「ま、待て、ミカエル。そなた、まさか天使たちを間引く気か……!」 「だから荒療治だと、あらかじめ申し上げたはずですが?」 ミカエルは心憎いばかりに落ち着き払った表情で答えた。 「い、いやそれはそうだが……だからと言って、いたいけな天の子らをだな……」 「そのいたいけな子供たちのせいで、この天界は大わらわなのではないですか? まあ話を最後まで聞いてください。間引くと言っても、別に命を奪おうなどと物騒なことは考えておりません」 神は目に見えて安堵した顔つきで、いそいそと体を元の位置へ戻した。 「まったく驚かせおって。ほんにそなたは人が悪……いやいやいや」 きらりと光るミカエルの視線に、神は言葉を呑み込んだ。 「して、何をしようと言うのじゃ?」 「――人間界へ働きに出てもらえばよいのです」 ミカエルの提案に、神は呆気にとられた。 「人間界に? それなら今でもキューピッドたちが派遣されておるはずだが……」 「あれだけではとても足りない。そもそも最近の人間界では、必ずしも恋愛・結婚が重きを置かれていないことを、長官とてご存じのはず」 「うむ、まさに。それが人間界の少子化に繋がり、そのぶん我が子やペットを極端に溺愛する傾向こそが、天界の多天使化に繋がるとは何たる皮肉な……」 ミカエルは延々と続きそうな神の愚痴を手の一振りで黙らせた。 「 ”天使=愛のキューピッド” 的な古臭い発想は、天界図書館にでもアーカイブしておいてください。天使たちには、もっと別の任務を担ってもらいます。その前にまず専門の教育が必要ですが」 ミカエルはおもむろに立ち上がると、一枚の羊皮紙をずいと神へ差し出した。
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