2.コンビニと天使

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2.コンビニと天使

「っしゃいませ、んちは~」 煌々としたライトが溢れる店内に、気の抜けた声が漂っては消えていく。 最近誕生したばかりのコンビニチェーン『ヘブンイレブン』は、既存の勢力がしのぎを削るこの業界でひっそりと、だが着実に店舗の数を増やしつつあった。 その謎に包まれた創業者が人間の姿に身をやつした大天使ミカエル、店舗で働くスタッフが天界から派遣されてきた天使たち、というわけだ。 その事実を知らない人間のあいだで、やれ店員の制服の背中に羽がついているのが可愛いだの、自動ドアのチャイムが鈴の音みたいでお洒落だのと、一部のマニア客の中では熱狂的に支持されているらしい。 無論、制服に羽がついているわけではない。「自前の羽を服の中にしまい込むなんて窮屈だ」という天使たちのクレームにより、急遽変更されたデザインなのである。 だがそれだけなら、単なる風変わりなコンビニにすぎない。『ヘブンイレブン』が世間に浸透しつつある理由は他にもあった。 「っしゃいませ、んちは~」 女性客がおずおずとレジカウンターに近づいてきた。 「あの、天使レンジを使いたいんですけど……」 「はぁい」 天使は待ってましたとばかりに、手で窓際の作業台を指し示した。 「えーとですね、レンジの横に神……じゃなくて紙が置いてありますんで、そこにお客様のお名前とお気持ちを書いていただいて、それをレンジの中に入れたらボタンを押してください。出来上がったら、表示された料金を入れてもらうと扉が開きますぅ」 まだ新人のは、暗記したマニュアルを一気に丸読みした。だが女性は気にする様子もなく、言われたとおり紙へ何やら書き込むと、レンジの中へ入れてボタンを押した。 ぶうん、という音が狭い店内にしばらく響いたのちに、きんこんかーんと教会の鐘のようなチャイムがなる。 「わあ、ホットココア……! あつっ! でも美味しそう……」 湯気の立つ紙カップを両手で抱えて店を出ていく女性を、近くの商品棚の前に立っていたスーツ姿の男性がじっと見送っていた。 「ねえ、ミカエル様ぁ。今のお客さん、何書いてたんですかぁ?」 「こら、そんな大きな声で」 他の客がいないのを確かめたスーツ姿のミカエルは、やれやれとため息をついた。いつもの天使服ではなく人間の着るスーツに身を包み、首から社員証をぶら下げた姿は、どこから見ても “現場視察に来た本部の社員” だ。我儘いっぱいの天使たちと違って、背中にはひとすじの羽もない。 「私もちらっとしか見えなかったが……どうやら恋人に振られたようだな」 「えーっ、マジで!? ひっどぉぉい」 天使は頬を膨らませて、カウンターの奧でじたばたと足を踏み鳴らした。 “天使レンジ” は、天界庁が総力を挙げて開発した『ヘブンイレブン』の超目玉事業(プロジェクト)だ。自分の身の上に起きた出来事を指定の紙に書いてレンジに入れると、今の自分にぴったりのものが出てくるという、摩訶不思議なサービスである。 失恋した女性には、心温まるホットココア。 残業続きで疲れ果てた男性には、おにぎりと栄養ドリンク。 一人暮らしの高齢者には、カイロと脳トレ本。 提供されるのは、所詮コンビニに置いてある商品に過ぎないのだが、その「励ましガチャ」的な雰囲気が受けるのか、どの店舗でも大人気だった。 「まあ、人間にもいろいろ事情があるからな。様々な想いを抱えた人間を癒やし、祝福を与えるのは天界の者の大事な務めなのだから、心して励むように。レンジは常にきちんとメンテナンスしておくのだぞ」 「はぁい、判りました、ミカエル様ぁ」 天使は制服から突き出た白い翼をぱたぱたと羽ばたかせた。
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