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side.桜橋陸人
「なあ、お前って本当に俺のこと好きなの?」
ベッドの中央に横たわりながら、俺は視線をその男に向けた。
「ーーはあ?」
すると奴は少しだけ首をひねってこちらを振り向いたあと、呆れた顔で失笑する。
ワイシャツの首もとのボタンまでしっかりとめて清潔感を取り戻した奴からは、先ほどまで俺の下で乱れていた姿は微塵も感じられなかった。
「なんだそれ。きもいわ」
「きもくねーだろ。単純な疑問」
「まあ…好きでもない男と寝る趣味はねーな」
「ーー峯川」
峯川はそれ以上こちらを見ることもなく、鞄を持ち上げドアの方へ歩いていく。
「待てよ、帰んの?」
「やることやっただろ?このあと取引先と飲みがあるから」
またな、と残して峯川は早々に部屋を出ていった。ひとり残された俺はそんな峯川の姿を見て笑う。
「相変わらずの仕事バカだな」
やってるときですら仕事のこと考えてそうなあいつを恋人に選んだのは他でもない俺自身だ。いや、選んだというより選んでもらった、か。
ため息をつきながら俺は上半身を起こす。恋人のいなくなった自室は味気ない。
「しゃーねぇな。俺も仕事行くか」
峯川ほど仕事中毒なわけではないが、俺にも社会人としての責任は人並みにある。
今日の授業は3コマだ。俺はデスクから必要なファイルを取り出し鞄に詰めていく。
しがない予備校講師の俺は、桜橋陸人。今年26歳になる。
高校の同級生だった峯川斗有と付き合い始めてもうすぐ1年。
一人暮らしだけど金のかかる趣味もなく、恋人は俺より稼ぎのいい同性。高給取りでなくとも普通に暮らすには不自由もない。
そんな俺の最近の悩みは、峯川だ。
峯川以外、特別好きなものもない。
「あいつは俺以外にもたくさん好きなものがあるんだろうけど」
言ってて虚しくなる言葉だと自覚しながら、俺はまたため息をついた。
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