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『そういうのは慣れていけばいいんだって。……しかしそうか、お前、天使の絵も描けるのか。……いいな』
「?」
この頃になってようやく、僕は彼の正体を聞いたのだった。
元々、彼はこの学校にいた先生が描いた絵であったらしい。もう何十年も前のこと。生徒の一人をモデルに、天使の絵を描いたというのだ。リーツ、と言う名前もその先生がつけてくれたらしい。モデルになった男の子が“律くん”という名前だったかららしいが。
しかし、完成したその絵が、日の目を見ることはなかったのである。
モデルの少年は完成するまさにそのタイミングで事故に遭って死んでしまい、先生も失意のまま絵を置いて別の学校に転勤してしまったという。その結果、絵を処分するにもできず、図工準備室で埃を被らせていたというのだ。
六年生の春。僕はついに、彼からある話を聞かされることになる。
それは今通っているこの校舎を取り壊し、新しく建て直すと言う話だった。同時に、今この学校に置かれている多くの備品も捨てられることになっているという。リーツの絵も、同様に。
「そんな!だって、リーツは絵の中で生きてるんだろ!?そんなの酷いよ!」
僕が引き取る、と言おうとして気づいてしまった。
僕の家は狭いアパートの部屋だ。こんな大きな絵を置くスペースを、家族は許してくれるだろうか。きっと無理だろう。
ましてやリーツの声は僕にしか聞こえない。この絵の天使様が生きている、なんてきっと信じては貰えまい。
『いいよ。……どっちみち、潮時だったんだ。ラクガキ関係なく、劣化が酷かったしな』
彼は苦笑いして、椅子の中で足をぶらつかせた。
『そもそも、ただの絵でしかなかった俺様が、なんで絵の中で動いたり話したりできるようになったのか?いくら大事に描かれたからって、その後の扱いはひでーもんだったのによ。……で、思ったんだ。俺様は多分、カイセイに出会うために意志を持ったんだ、って』
「僕に?」
『ああ。……気づいてんだろ、お前も、いい加減さ。……俺様が、ただ寂しかっただけだってこと。天使なんて、そんなの見た目だけだ。本当は、誰かを呪う力なんてねえってこと』
「……うん」
それは、なんとなく察していた。
それでも僕が彼の元に通い詰めたのは、償いの為じゃない。そんなものはとっくの昔に言い訳になっている。
本当は――本当は、ただ。
「リーツ。……君は、僕の大事な友達だ。君とおしゃべりできて僕……本当に、楽しかったよ」
心の底からの言葉を言えば、彼はまさに“天使のような”笑みを浮かべて言ったのだった。
『俺様もだぜ。……なあ、そう思うならさ、一つだけ……頼んでもいいか?俺様が、ずーっとお前の傍にいる方法だ』
あれから、約十年。
僕は美大で、今日も絵を描いている。将来は画家、あるいはイラストレーター。――僕が住むワンルームマンションの部屋には、僕が描いたリーツの絵が飾られている。
僕が覚えていて、彼の絵を描き続ける限り、その命は途絶えることはないのだ。
リーツは今日も、絵の中にいる。
天使の姿で、笑っている。
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