第1章 七の女王

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 入学式の日。姿見の前で紫紺色の学生服に袖を通す。 (これが。梅沢高校の制服)  七音は、くるりと一回転をしてから、見慣れない恰好に、なんだか恥ずかしいような、くすぐったいような気持ちになった。  あれから。何度となく家族と話し合った。言葉の障害に対応してくれる学校を見つけてくれていた母親には、随分と反対をされた。しかし、いつもはうるさいことを言わない父親が、珍しく母親を窘めた。 「七音が、初めてやりたいって言葉を口にした。おれはそれを応援したい」  彼はそう言った。高校二年生の姉の(かなで)も彼を応援してくれた。 「案外、頑固だったのね。(かず)ちゃんって」と言って笑った母親は、結局は七音が「梅沢高等学校に行きたい」という希望を応援してくれることになったのだった。  そして春。七音は無事に梅沢高等学校に入学することが許可された。  母親の話によると、梅沢高等学校は学力重視。言葉に多少問題があっても、規定の学力を満たしているのであれば、特に問題ないということだった。   姿見の前で、じっと自分の姿を見つめていると、「(かず)ちゃん、早く」と母親の声が響く。階段を下りていくと、リビングでは淡い桃色の着物をまとった母親が立っていた。  七音の父親は病院で精神科医をしている。年中忙しい彼は、「すまない」と何度も頭を下げながら出勤していった。この年にもなって、両親そろって入学式に来てもらいたい、などとは思ってもいない。 「ほら。行くわよ」  玄関のチャイムが鳴った。迎えのタクシーが来たのだろう。梅沢高等学校は、七音の自宅から、歩いて20分の場所にある。七音は自転車か徒歩で通学をする予定だが、今日は着物姿の母親が同伴だ。行きも帰りもタクシーを使うと母親が言っていた。  出かける間際、奏は「お母さんが緊張してんじゃないの?」と冷やかす。母親は「揶揄わないで」と朗らかに笑いながら自宅を後にした。
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