第1章 七の女王

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 梅沢高等学校は、創立百周年を迎える歴史の長い学校だ。創立当初から、優秀な人材を輩出し、それは今でも脈々と受け継がれている。県内で主要ポストにつく人材は梅沢高等学校出身者が多いという。  タクシーを降りて、正門を抜けると、目の前には木造の校舎が見えた。正面には大きなアーチを描くバルコニーが見える。本校舎は昭和初期のものだそうだ。ただ、戦禍や天災などに見舞われ、何度も増改築や補修を繰り返しているとのことだった。  正門周囲には梅の木が何本も植えられている。桜よりも先に開花する梅の木は、もうすっかり花開いていた。  敷地内には、新入生たちが親同伴で押し寄せていて、まるで縁日のような騒動だ。七音たちもその流れに乗って、本校舎の昇降口にたどり着く。すると、そこには新入生のクラス分けが貼り出されていた。  一年生は7クラスあるようだ。その中から自分の名前を探す作業は時間がかかりそうだった。七音は一組から。母親は七組から。手分けをして名前を探し始めるとすぐに、母親が声を上げた。 「あら。あったわよ。(かず)ちゃん」  あまりにも早い声に、七音は嫌な予感がした。 (七……組?)  しかも出席番号も7番である。七音は軽くため息を吐いた。  巷では「7」は幸運をもたらす数字として扱われている。しかし、七音は「7」という数字が嫌いだった。自分の名前に入っているからではない。小さいころから、なぜか「7」という数字に関わると、悪いことばかり起きた。  小さいことかも知れないが、7がつく日には、クラスメイトから意地悪をされるとか、先生や親に怒られるとか。犬のフンを踏んでしまったり、落とし物をしたり、大事にしていた物が壊れたり。  7歳の一年間は特に最悪で、自転車で走っていて転倒し骨折したり、インフルエンザが悪化して肺炎にまでなった。  名前にも「7」は入っている。この「7」のおかげで、自分はうまく言葉が出てこないのではないか——。七音はそう思っていた。 (7は呪いの数字だ……。それなのに。一年七組七番だなんて……)  そんないわくだらけの「7」が2つも重なっているとは——。七音は気が重くなった。 「えっと。保護者は先に体育館で待機するみたいね。じゃあ、お母さんは体育館に先に行っているから。後でね。(かず)ちゃん」  母親に背中を押され、仕方なしに上履きに履き替える。それから、一年七組を探して周囲を見渡した。  一年生の教室は、昇降口を入って、右手にある北校舎にあるようだ。そろそろと足を向けると、すでに仲良しグループが出来上がっているようだ。あちらこちらで固まって、談笑している生徒たちの姿が見受けられた。みんな、同じ中学校出身の仲間たちなのだろう。  高梨が言っていたように、大半が附属中生だとしたら、それも頷ける話だった。七音は軽くため息を吐いた。 (環境が変わったからって、僕の人生が変わるわけでもない。ここにきても、僕の過ごす時間は、なに一つ変わりはしないってことかな……)  そんなことを考えて、七音ははったとした。 (え? 今のなに? まさか……僕は、今までとは違う生活を期待していた? 友達ができて、誰かと楽しく過ごす時間が持てるって……。期待していたというの?)  笑い合っている人たちが、まるで自分のことを笑っているようにも感じられる。自分の話し方を真似て、友人同士で笑い合っていた高梨たちに見えた。 「——うう」  胸が詰まってきた。息が苦しい。 (そんなことできっこないんだから。考えるのはよそう。ともかく。教室に行こう。席に座るんだ。そうすれば、少しは落ち着……え?)  真っ白いプレートに「1―7」と書かれている教室の、その開かれた扉から中に足を踏み入れると、そこはまるで別世界のように異様な雰囲気に包まれていた。  とある席に座っている生徒を避けるかのように、壁伝いに生徒たちが肩を寄せ合い、そしてひそひそと囁き合っているのだ。  彼は、新入生には似つかわしくない、着古したような紫紺色の制服をまとい、両腕を胸のところで組んで、目を閉じている。  短く切りそろえられた黒髪は、まるで濡れ羽色みたいに艶やかだ。その押し黙った姿からは、尋常ではないオーラが立ち上っているようだった。  だがそれは、神々しい、輝かしいような。それでいて、人々を地面にひれ伏させるような恐れを含んだような——。そう。畏怖だ。畏怖という言葉が相応しい。ビリビリと張り詰めたような空気に、七音の膝がブルっと震えた。  新入生たちは、七音と一緒で、その人に近づくことすらできないのだ。ただただ、その人を中心として、ぽっかりと穴が開いたみたいな空間ができあがっていた。 (あの人はなに? 新入生じゃないよね。って。え? ちょっと待って)  七音は嫌な予感がして、その男が座る席を数えてみる。 (1、2、3……——7! そこって僕の席じゃないのー!?)  その男が座っているのは、廊下側の先頭から数えて七番目の席だった。
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