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七音は緊張のあまり、唾をごくりと飲み込んだ。けれど、そのままにしておくこともできない。助けてくれる人がいるはずもない。「これは自分でなんとかするしかない」と腹を括った七音は、目を閉じて座している男にそっと歩み寄った。
「あ、……あ、……あの」
七音の声は、周囲の喧騒にかき消されていく。「もっと大きな声じゃないと、聞こえない?」と思った瞬間。男の目が静かに開かれた。七音は息を飲んだ。そこで初めて男の顔が確認できたのだ。
太い眉の下には、意思の強い、漆黒の双眸が輝く。掘りの深い輪郭は、まるで仏像のようだった。七音は声をかけたことを後悔した。
(仁王像だ! やっぱり、こ、怖い!)
無意識のうちに、からだが距離を取ろうと後ずさりを始める。しかし、男はすっくと立ちあがったかと思うと、七音の目の前に迫ってきた。
「ここはお前の席か」
その声はとても小さな声だったが、地の底から響くような低い声だった。七音は「た、多分。そ、そ、そうです」とだけ答える。足が竦んでしまって、思うように動けなかった。まるで巨木のような仁王像は、「そうか」と頷くと急に、そのたくましい腕を大きく広げた。
(た、叩かれる!?)
思わず目をぎゅっと瞑って、右手を顔の前に構える。が——。思ったような衝撃は来ない。それよりも不意に、からだがふわりと浮いたかと思うと、七音は男に抱き上げられてしまった。
いくら小柄だとは言え、年頃の男子だ。それなりに重量はあると自覚している。それなのに、彼は七音をいとも簡単に横抱きにしていた。不安定な姿勢に、思わず両腕を伸ばして、男の首に縋りついた。
(ひいいいい、なんの罰ゲームなの? これ!?)
その瞬間。教室に幾人もの男たちがなだれ込んできた。彼らは、制服ではなく、柔道着、野球部やサッカーのユニフォーム、和装、貴族の恰好など、まちまちの出で立ちだ。彼らの一人が七音に向かって、大きな声で叫びをあげる。
「クソ野郎! 獅子王! フライングだぞ!」
「そうだ、そうだ! ズルしやがって!」
口々に不満を述べる男たちを目の前に、七音を抱いた男——獅子王と呼ばれた男は、高らかに笑い声を上げた。
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