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ある夜のこと
もう私は人生に疲れてきたと言っても過言ではなかった。
子どもが成長し手がかからなくなってきたものの、全く成長しない人物が一人、ビール片手にテレビを眺めている。
食べ散らかしたつまみに、脱ぎ捨てたシャツ。極めつけの一言が「酒もってこい」
役満だ。
この人の何を好きになって結婚したのか忘れそうだった。流し台にある溜まった皿を流しながら、ふとあの二文字が頭に浮かぶ。
いやいや、子どももいるし、この人の稼ぎも一応戦力だ。私も働いているとはいえ、一馬力は心もとない。
馬鹿げたことだ。
しかし、以前子どもが言った言葉が、再び脳裏に過る。
――離婚しても、俺は大丈夫だよ。
子ども目線でも、夫のダメっぷりは露呈しているのだろう。私は一度も子どもの前で夫の愚痴は言ったことは無いが、それでも零れる不満を感じ取っていたらしい。
夫のどこがダメかを冷静に分析してみると、共通して「自己中」というワードが出てくる。旅先を決めるにも、生活をするにも、何かをプレゼントするにも、自分が楽しいかどうかで判断するのだ。
……たまに優しいだけじゃ、世界は救えない。
私が皿を洗い終わろうとしたとき、夫が缶を捨てに来た。どこかニヤニヤしていて、変な感じだ。
「君に、本を買ってきた」
「え?」
「前に、ミステリードラマを見ていただろ。あと意外な結末とか、そういうの好きなのかなって」
「あ、え? うん、まあ……ありがとう」
ニヤニヤの正体はこれだったのか。夫は本屋の袋を出し、私に寄こした。
凄く好きという訳ではないが、以前ドラマを見ていたのは確かだ。それを見て、私に買ってやろうと思ったらしい。
……変な優しさだ。世界は救えないけど、まあ、悪くはない。
私は夫からもらった本を、就寝前に読むことにした。本を読むのはいつぶりだろう。自分の手から少しだけはみ出る分厚い紙の束を、読破できるのだろうか。
杞憂だった。
その本は序盤から本当に引き込まれた。
主要人物全てが怪しく思えてきて、一体誰が犯人なのか、新しい事件はまだか、と幾度となくページをめくった。
(こんなにマッチした作品は初めてだ! 運命の一冊だ!)
そして、半分ほど物語が進んだ時、ページに鉛筆書きがあった。
―――こいつが犯人
この本で、私の運命が決まった。
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