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逢いたいひと
五時を回ったが、カイさんはまだ来ていない。
日曜だけど今日は仕事だと言っていた。休日返上なのかいつものことなのか、どちらにしてもそっちのけで来るわけにはいかないだろう。
でも ひと目会いたいな
「鴫原じゃん」
梅さんがトイレに行っている間、ブースに飾ったポップを片付けていると、聞き覚えのある声がして広瀬くんが立っていた。
「もしかして売る側なの」
「あ、うん」
こんなところで会うなんて
じゃあ やっぱり彼が…
笑顔の広瀬くんに安堵しながら、急に緊張もする。
「俺も『星屑』で出店してる人の見に来たんだ。水くさいな。知ってたら真っ先に来たのに」
「リア友に読まれるのは恥ずかしくて。部数だって事前調査して最小限しか作らなかったんだよ。余ったら困るし」
万が一、知り合いに会った時に備えて、用意していた言い訳を切り出した。
「俺も負けてらんないな」
広瀬くんが最後の一冊を手に取った。自分の足が震えているのがわかる。
「『青の記憶』か。こんな凄いの見逃してたな」
彼の目が輝いている。思いがけない称賛に頬が熱くなる。だけど同時に残念な気持ちがあって、なぜか少しほっとしている自分がいた。
広瀬くんは カイさんではなかった
「幾ら? 買うよ」
「あ…」
気持ちは嬉しかったが、一瞬、言葉に詰まった。
その一冊はカイさんの分だ。もう時間は過ぎているし、片付けて帰らなければいけない。きっと、何か理由があって来れなくなったんだ。
また次の機会に──
次って いつ?
今、広瀬くんに本を渡したら、カイさんを裏切ってしまう気がした。どんなに取り繕ってもこの先、顔を合わせられないと思った。
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