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広瀬くんが戻って来ると、ちょうど飲み物が届いた。
「あのさ。小説の投稿サイトで『星屑』ってあるんだけど、知ってる?」
突然、彼の口からその名前が飛び出して、私の心臓も飛び跳ねた。
「き、聞いたことはあるけど。何で…」
言いかけて不意に記憶がよみがえった。
「もしかして、あの時の夢? 小説家になりたいって言ってた」
私は平常心を装いながら探りを入れる。
「おー、覚えててくれた? 初めは投稿するつもりだったんだけど、試しに読んでたらクオリティの高い作品が多くてさ。結構楽しませてもらってるよ」
「そうなんだ」
「コンテストで受賞したら、書籍化もされるみたい」
「凄いね。第二の人生開けちゃうね」
私が小説を書いていることは、誰にも話していない。波音というペンネームだって本名とはかけ離れている。わかりっこない。自分にそう言い聞かせて鼓動を鎮めた。
「でも、どうして私に」
「鴫原だけだったからさ。笑わなかったのは」
笑えなかった。
私も同じだったから。
その一言は言えなかったけど、同じ夢を持つ人を応援してあげたかったから。
「だから俺が勝手に感謝してんの。ありがとな」
「どういたしまして」
私は恥ずかしくなってグラスを空けた。ウォッカベースのオーロラは苦味を隠して甘く喉を降りていく。
「自分でも書くの?」
「うん。今年中には始めたい」
「頑張って。出来たら読みに行くから教えてね」
「サンキュ」
「あ。知ってる人に読まれると恥ずかしいかな」
「ちょっとな。でも、嬉しいが勝つかも」
彼も笑ってハイボールを傾けた。カラン、と氷がぶつかる音が聞こえる。
自分のことを隠すのは気が引けたが、完全にきっかけを掴み損ねてしまった。何より、もし彼がカイさんだったらと想像するだけで、言葉を忘れたように何も言えなくなる。成りゆきを見たいのもあった。私たちは連絡先を交換して、委員会はお開きとなった。
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