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文学フリマ
思いがけない誘いがあったのはその数日後だった。
憧れの先輩である梅さんからDMが届いたのだ。年末に東京で開催される文学フリマに、アンソロジーで作品を出してみないかという話だった。
文学フリマ?
アンソロジー?
聞きなれない言葉を検索エンジンにかけてその意味を知るや、私は有頂天になった。
全国各地で定期的に開かれる文学フリマは、文芸作品を通して作り手と読み手が交流を深める場所だ。私にとっては、自分の作品を少しでも世の中の光に当てる機会でもある。
その上、尊敬する先輩たちと同じ一冊の作品集に、自分も混ぜてもらえるなんて夢のようだった。私は二つ返事で参加することを決めた。
製本もブースを借りるのも、参加するにはそれなりにお金がかかる。だけど、そもそも今回の出店はローコスト・ローリスクで、皆ではじめの一歩を踏み出そうというのがコンセプトであり、梅さんは部数は無理しないでいいと言ってくれた。売り切る見当をつけて頼むことにしたが、それでも八人で捌くのは500冊を超えた。
交代で売り子をすることになり、製本作業の時に梅さんを始め他の作家さんとも顔を合わせたが、ほとんどが小学生の子どものお母さんだった。私が一番融通がきくので、最後の時間帯と後片付けの担当になった。
「あたしと一緒。よろしくね」
梅さんはイメージ通りの快活な笑顔を見せた。
「波音ちゃんの推しが結構多くてね。即決だった」
「こちらこそ、声かけて頂いて嬉しかったです」
『青の記憶』はコンテストでは選外だったが、自分でも特別な想いを込めた作品だったし、梅さんがとても気に入ってレビューまでくれたお気に入りの話だった。
『凄くいいですよ。結果はどうあれ俺は好きですね』
カイさんも絶賛してくれたのを今でも覚えている。ヒロインの感情に心を寄せてくれたカイさんの言葉が嬉しくて、きっとあの時から私は彼に惹かれていったのだと思う。
クラス会のあとから、何となく彼の言葉に広瀬くんが重なることがある。あの時はお酒も入っていたし、気が緩んだのかもしれない。それとなく聞きたかったが、カイさんのガードは全く揺るがなかった。でも…
『自分も貰います。仕事なんですが、五時までには行けると思います』
購入希望者を募るとカイさんも手を挙げてくれた。何だか心を開いてくれたようで、彼に会えると思うと余計にその日が待ち遠しくなった。
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