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「あの、これっ!」
休憩コーナーのベンチで、「想い出メモ」を書いていたら、目の前にニュッとカップに入ったソフトクリームが差し出された。クリームの左右に1本ずつ、大人の中指くらいの太さと長さの棒状クッキーが刺さっている。これは、この場所の人気グルメの1つ、“角立ソフト”だ。
「えっと……?」
顔を上げると、先ほどスタンプのところで会った若い男性が立っていた。
「あっ、甘いもの、キライでしたか?」
「いえ、そうじゃなくて……」
「良かった! 受け取ってください、さっきのお礼です」
「ええ? あれくらいのことで受け取れないわよ」
「俺、凄く嬉しかったんです! それに溶けちゃうから」
笑顔と困った表情とクルクル変わる。おかしいの。私より背が大きいのに、子犬みたい。
「じゃあ、あなたの分も買ってきて? 一緒に食べるなら、いただくわ」
「はいっ」
仕方なしに受け取った途端、彼は売店に駆けていった。本当に、茶色の毛並みの犬みたいだわ。
「そういえば、あなたもバイク?」
成り行きで、ベンチに並んで角立ソフトを食べながら、隣を盗み見る。チャコールグレーに赤いラインが入ったハーフメッシュのジャケットは、ライダーに人気のブランドのものだ。
「はい、あそこのR1Mです」
彼は、私の愛車の横の黒いYZF-R1Mを指す。大型バイクは存在感も凄いけれど、シルエットが格好いい。
「R1M、人気だよねぇ」
「はい! ずっと探していて、やっと乗れたんです」
またもや幼い笑顔が弾ける。好きなものを語る横顔、キラキラ眩しい。
「ねぇ、どのくらいスタンプラリー進んでいるの?」
「今、28個かな。お姉さんは?」
「んー、私は31個。3ヶ所、遠いのよね」
豊深田市からスタートすると、どうしても端の地域が後回しになる。日帰りでは難しいところもあるから、そうなると連休を使うしかない。スタンプラリーは9月末までだから、8月中にどれだけ数を熟すか、それが勝負だ。
「やっぱり、コンプリート狙ってますか」
「そうね。始めたからには、最後までやり遂げたいじゃない? あなたは?」
「俺、コンプリート賞が欲しくて」
「ふふっ、正直ねぇ」
実は、このスタンプラリーを完全制覇すると、野菜とか海産物などの辰深地方の特産品がもれなくもらえるのだ。
「あと、宿泊券も魅力だし」
「そうね。当たると良いわね」
更に、コンプリートした人の中から抽選で5名に、宝珠島にある老舗旅館のペア宿泊券が当たるというオマケもあったりする。彼女とでも行くつもりなのだろうか、捕らぬ狸に微笑んでいる彼は、ちょっと可愛く見えた。
「それじゃ、そろそろ行くわ。ご馳走さま!」
先に食べ終わったので、ベンチを立った。驚いたように私を見上げた彼は、戸惑いを宿した眼差しのまま――掌を向けて挨拶を返した。
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