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約30分の地底の旅から帰還して、私たちは名物の“螭竜かき氷”を食べた。山盛りのかき氷の上に、濃厚な練乳がたっぷりとかかり、白玉がゴロゴロ入っている。鍾乳に掛けて練乳――駄洒落で名付けられた、単なる練乳白玉かき氷なんだけど、少し火照った頬と胸には心地良い。
「あー、ドキドキしたなぁ! でも神秘的で、凄い綺麗だった!」
ドキドキしたのは、私も同じ。そう、このドキドキは……暗闇のせい。
「そうだ、これ!」
槇田くんは、ジャケットのポケットを探ると、テーブルの上にコトンと置いた。それは、爪の先ほどのちっちゃな渦巻きが付いたネックレス。
「アンモナイト?」
ピカピカに磨かれたアンモナイトは、ブラックオパールのように控えめに光を反射している。
「安東さんに似合うかな、って」
屈託のない笑顔。きっと、特別な意味はないのかも知れない。だけど――。
「あのね、槇田くん。こういうのは、あなたの彼女さんにプレゼントしてあげて?」
最後の白玉を掬いながら、私は微笑んで断った。私たちは、ただのスタンプラリー仲間。偶然目的地が数回被って、ちょっと親近感が増しただけの……それだけの他人。
「安東さん、スタンプ、あと何ヶ所残ってますか」
「あと2つ。なんで?」
「もしかして、宝珠島ですか?」
「ええ」
辰深地方の北西にある辰栄港からフェリーで1時間20分。宝珠島には2ヶ所、「34.蛟ヶ淵」「35.宝珠温泉」がある。
「俺、9月15日の連休に行こうと思ってます。最後に、一緒に行きませんか」
「あのねぇ……」
やっとスプーンに乗った白玉を口に放り込み、ゆっくりと咀嚼する。子犬のような瞳をした彼を傷つけたくない。だけど、真っ直ぐに好意を押しつけてくる、その強引さに……引きずり出されそうで、少し怖い。
「そろそろ帰るわ。コンプリート、頑張ってね」
「待って!」
立ち上がった私を追って、彼が手を伸ばす。振り払おうとした瞬間、かき氷の器に触れて、彼のジャケットに乳白色の水が飛んだ。
「……ごめんなさい」
「いえ。安東さんは、悪くないです」
お店の人が持ってきたおしぼりで、慌ててジャケットとテーブルを拭く。
「あの、トイレで洗ってきますから、これ預かってもらえますか」
「あ、ええ……」
槇田くんは、内ポケットからスタンプ帳を出して私に渡すと、店の奥に向かった。良かった。これは濡れていない。気まずい想いで待つこと、5分。
まだかしら。そんなに広い範囲が汚れたようには見えなかったんだけど。
壁の時計に何度か視線を送って……おかしいと気づいたときには、20分が過ぎていた。
「あのっ、さっきの男性は……」
「ああ、お代はいただきましたよ」
「……え?」
「お会計されて、帰られましたけど」
慌てて走ったが、駐車場にはR25があるだけ。R1Mの姿はどこにもなかった。
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