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私は東京に負けたんだ
──渡良瀬繭──
北多摩大学芸術学部文芸学科2年生。年齢は明かしてないので不明。というより誰も彼女の前では臆して聞かないので謎なのが本当のところ。ただ高校卒業後直ぐに入学した訳では無いらしくて18歳ではないことだけは確か。生まれは越後三山の山々に抱かれ春なお雪深い越後妻有。そんなに裕福じゃない大根専業農家の一人娘。
仕送りに頼らず自分で書いて製本にした詩集を夜の街で手売りして学費や生活費を捻出している。口数は少なく時折り吐く言葉も鋭敏で近寄り難い雰囲気を醸し出すも、嵌まる人間には嵌まる独特の世界観の持ち主でその卓越した魔白き美貌と相まって周りには繭信奉者と思しき学生も少なくない。
──小田香ナーナ──
北多摩大学芸術学部音楽学科1年生。軽音サークル部員。見た目は中3生か高1の幼き美少女も曲がったことが大嫌いで真っ直ぐ過ぎる属性の持ち主。一年生ながら自ら風紀委員も公言していて先輩連にも一目置かれている。
軽音サークルの部室の窓際にまで延びる桜の木々。
春になると花びらが舞って窓際を彩るように渦高く花びらが積もった。
そんな窓際に気がつけば渡良瀬繭は居た。
2年前の春の盛りの昼下がり、どこから持ってきたのかラタンのアジアンテイストのソファーに座り、風に囁くように詩を謳っていた。
軽音サークルの部員でも何でもなかった彼女だけどそこは大学での彼女の唯一の居場所になった。
顔見知りと言えば山音爽だけで自身は入部希望が有るわけでもない。
そんな彼女が勝手に居座った形になった部室の片隅。
何で部外者が?と意地の悪い視線を向ける部員も居たけれど
何を言われようと気にもせず微笑みを返してくるだけの渡良瀬繭になすすべもなく彼女達は押し黙った。
加えて、まるで人魚か森の妖精の様な透明感溢れるその美貌と
人を寄せつけない不思議なオーラに彼女たちはただ見とれるだけで時間が過ぎ
たものだった。
たまに思い付いたように誰とはなしに謳いかける詩に思わず魅了され誰もが手を止めて聞き入った。
桜が散り葉桜に変わり新緑が映える5月になる頃には渡良瀬繭はこの部室にはなくてはならない景色の一部になっていったのだが…。
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