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「…どういう意味だ?…」
私は、言った…
「…悪い噂しか、聞かないから、接触したというのは、どういう意味だ?…」
と、付け加えた…
すると、葉尊は、ジッと、中身を飲み干したグラスを見ながら、指で、弄びつつ、
「…要するに、峰不二子ですよ…」
と、ゆっくりと、言った…
「…なに? …峰不二子?…」
「…そうです…つまり、さまざまな男を翻弄する噂が、彼女の持ち味です…」
「…なんだと? …持ち味?…」
「…つまり、自分の噂が、色々流れることに、よって、自分の価値を高めている…」
「…」
「…だから、ボクは、ちょっと、イタズラをしたくなったんです…」
「…イタズラ?…」
「…ひとを介して、リンと知り合うことが、できました…だから、お姉さんには、申し訳ないですが、お姉さんに、ちょっかいを出して、みればと、提案しました…」
「…なんだと?…」
「…お姉さんには、申し訳ないですが、どうしても、そうしたかったんです…」
「…なんでだ? …なんで、そんなことを、したかった?…」
「…お姉さんが、父といっしょにいたからです…」
「…なんだと? …私が、お義父さんと、いっしょに、いたからだと?…」
「…そうです…だから、安心して、お姉さんにちょっかいを出すことが、できた…なにか、あれば、父が、止めることが、わかっていたからです…」
「…どうして、そんな真似を?…」
「…リンが、どこまで、やるか、見てみたかったからです…」
「…どういう意味だ?…」
「…ボクが、お姉さんにわざと、ちょっかいを出してみろ、と、リンに命じます…でも、これが、お姉さんが、リンの立場だったら、どうですか?…」
「…なんだ? …なにを、言いたい?…」
「…要するに、どこまで、やるかです…それで、リンの性格を知ることができる…」
「…性格?…」
「…誰かに、ちょっかいを出してみろと、言っても、それが、悪口を言う程度なのか? それとも、直接、暴力に訴えるか? これは、ひとそれぞれです…」
「…」
「…ですが、どこまで、やるかで、その人間の性格を知ることが、できる…」
「…」
「…ボクは。リンの性格を見てみたかった…そして、おそらく、父も、ボクの目的に、気付いたはずです…」
「…どうして、そんなことが、わかる?…」
「…ボクの人脈というか、情報網は、父に遠く及びません…だから、おおげさに、言えば、ボクの知るところは、すなわち父の知るところとなる…」
「…」
「…だから、すでに、ボクが、リンと接触したのを、父は、知っているはずです…」
「…」
「…つまり、ボクは父の手のひらの上で、動いているに過ぎません…」
「…」
「…だから、たぶん、父は、ボクの目的に、気付いた…」
「…目的?…」
「…リンの背後に、誰がいるか? それが、知りたい…」
「…リンの背後だと?…」
「…リンは、台湾で、一番有名なチアガールです…彼女には、色々な噂が、飛び交っている…いわゆる、芸能界の枕疑惑や、政界や財界の枕疑惑です…ですが、なにひとつ、確証がない…証拠を掴めたことがない…出るのは、あくまで、噂だけ…そして、本人も、なにより、それを、理解した上で、行動している…」
「…」
「…今回、父が、リンといっしょに、来日した理由は、さまざまですが、おそらく、父の狙いは、リンの背後にいる存在です…」
「…背後にいる、存在?…」
「…それを、父は知りたがっている…だから、父は、リンといっしょに来日した…ボクは、父の目的をそう、見ています…」
私は、仰天した…
仰天したのだ…
たしか、最初の話では、台湾の球団の買収の話だった…
チアガールのリンの所属する、プロ野球球団が、売却の噂が出た…
事実、その通りで、その買い手に、葉敬の名前が出た…
なにしろ、葉敬は、台湾の大企業、台北筆頭のオーナー経営者…
だから、球団の買い手として、名前が出るのは、当たり前だった…
金持ちだから、当たり前だった…
そして、葉敬自身が、難しい立場にいると、いうことだった…
難しい立場というのは、葉敬に、球団の買収を勧めるのが、台湾の政界や財界の有力者だということだからだった…
葉敬の旧知の政界や財界の有力者だからだった…
だから、むげにはできない…
簡単に断ることが、できない…
これが、旧知の知人であっても、一般の人間なら、いい…
あるいは、学生時代の友人、知人や、幼馴染だったら、いい…
なぜなら、利害関係が、ないからだ…
いうなれば、ただの、昔からの知り合いに、過ぎないからだ…
だから、嫌なら、簡単に断れる…
しかし、相手が、いかに、昔からの友人や知人であっても、政界や財界の有力者なら、話が、変わる…
相手の面子があるからだ…
だから、簡単に断ることが、できない…
相手の面子を考慮しなければ、ならないからだ…
だから、むげに、断ることが、できない…
仮に、断るとしても、順序を踏んで、断らなければ、ならない…
順序を踏んでというのは、実際に検討するということだ…
あるいは、検討するフリをすることだ…
例えば、
「…あの球団を買ってよ…」
と、相手に、言われても、
「…嫌…」
と、あっさりと、返すことは、できない…
それでは、相手の面子を潰すことに、なるからだ…
だから、できない…
当たり前だ…
そして、なにより、その売り出された球団の最大のウリは、あのリンが、所属すること…
台湾で、絶大な人気を誇る、チアガールのリンが、所属することだった…
そして、そのリンの人柄を知るためにも、今回、葉敬は、いっしょに、来日するということだった…
なにしろ、葉敬に買えと、迫ったプロ野球球団の最大のウリは、リンだったからだ…
野球選手ではなく、チアガールのリンだったからだ…
だから、いわば、最大の商品…
球団の中で、一番大事な商品だからだ…
だから、その商品を見極めるために、リンといっしょに、来日すると、言っていた…
それが…
随分、話が、違ってきた…
いや、
話が、違ったわけでは、ないのかも、しれない…
元々、球団の買収の話は、あった…
あったが、それは、表向きの話…
裏でも、いろいろとあるということだろう…
いわば、本音と建て前というか…
つまり、表には、できない話もあると、いうことだ…
そして、そんなことを、考えていると、ふと、あのアムンゼンのことを、思い出した…
あのアラブの至宝のことを、思い出した…
あのアムンゼンは、あのリンのファンだと言う…
が、
それが、真実か否かは、わからない…
なぜなら、あのアムンゼンは、食わせ物だからだ…
さっき、葉尊が、リンを評したように、食わせ物だからだ…
食わせ物=油断のならない人物だからだ…
あのリンとアムンゼンは、似ている…
なぜなら、あのリンは、派手なチアガールを装っているが、実は、内面が、違う…
そして、それは、あのアムンゼンも同じ…
3歳の外見を持つことをいいことに、それを最大限利用している…
つまり、子供のフリをしている…
ホントは、30歳なのに、3歳の子供のフリをしている…
まるで、名探偵コナンだ…
コナンは、ホントは、16歳の高校生探偵の工藤新一が、6歳の子供の江戸川コナンを演じているのだが、それ以上だ…
それ以上に、年齢差が、大きい…
そして、私が、あのアムンゼンの豪邸を訪れたとき、あのリンをイメージした天女の絵を見せた…
本来、偶像崇拝を禁じるイスラム世界の禁を破ってまで、リンをモチーフにした絵を描いて、見せた…
いかに、アムンゼンが、リンを慕っているか、周囲に見せるためだ…
あれを見れば、いかに、アムンゼンが、リンに憧れているか、わかるからだ…
だが、本当に、そうか?
本当に、アムンゼンは、リンに憧れているのだろうか?
疑問が、残る…
なぜなら、あのアムンゼンは、食わせ物だからだ…
食わせ物=ハッキリ言えば、見た目と中身が違う…
ハッキリ言えば、見た目と中身が、別物だからだ…
だから、騙される…
その見た目に騙される…
中身は、別物だからだ…
だから、アムンゼンは、その見た目を利用して、子供のフリをして、あの保育園で、活動している…
3歳の子供なら、大人は、油断する…
まさか、3歳の子供にしか、見えないアムンゼンが、実は、30歳の大人だとは、夢にも、思わないからだ…
だから、油断する…
油断=警戒しない…
それゆえ、大人は、つい、ポロっと、相手が、子供だと思って、大人相手なら、言わないことも、言う…
つまりは、あのアムンゼンは、自分のルックスを最大限活用しているわけだ…
子供にしか、見えないルックスを利用しているわけだ…
と、そこまで、考えて、気付いた…
たしかに、あのアムンゼンは、小人症だから、特殊な事例だが、外見と中身が、違うことは、世間では、ありがちなことだと、気付いた…
女を、例に取れば、いかにも、清純を気取っていても、影では、あっちの男、こっちの男と、いろいろな男と関係している女は、いつの時代でも、どこの世界でも、いるものだ…
つまり、外見は、清純でも、中身は、遊び人の女は、いるものだ…
要するに、見た目と中身が、違うということだ…
外見は、まじめに見えても、中身は、違うということだ…
これは、誰でも、わかるものだ…
私に限らず、誰でも、そんな人間を、間近に見たことがあるものだ…
まじめに、見える人間が、まじめでは、ない…
真逆に、いかにも、遊んでいそうな派手な女が、遊んでいない…
そんな実例は、世間を見れば、枚挙にいとまがないからだ…
これは、女に限らず、男でも、同じ…
なにより、もっと、ありがちなのが、頭がよさそうな人間が、頭が、よくなかったり、真逆に、頭が、悪そうな人間が、頭が、良かったり、することがある…
これもまた、同じ…
外見と中身が、違うということだ…
ここまで、考えると、むしろ、外見と中身が一致する方が、少ないのでは?
と、思ってしまう(笑)…
が、
いづれにしても、大半は、接していれば、外見と中身が、違うことに、気付くものだ…
そして、そんなことを、考えると、私は、ふと、あのアムンゼンのことを、考えた…
いや、
アムンゼンのことではない…
夫の葉尊が、なぜ、実父の葉敬に、アムンゼンのことを、伝えないのか?
を、考えたのだ…
これは、もしかしたら、葉尊が、アムンゼンを切り札にするつもりでは?
と、思った…
つまりは、葉尊は、今、実父の葉敬の手のひらの上で、動いているに、過ぎない…
それを、快く思わない葉尊が、実父の葉敬に対抗するため、アムンゼンを、自分の味方につけようとしているのでは、と、考えたのだ…
そして、その可能性はある…
十分、あると、睨んだ…
睨んだのだ…
<続く>
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