葉尊 4

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「…どういう意味だ?…」  私は、言った…  「…悪い噂しか、聞かないから、接触したというのは、どういう意味だ?…」  と、付け加えた…  すると、葉尊は、ジッと、中身を飲み干したグラスを見ながら、指で、弄びつつ、  「…要するに、峰不二子ですよ…」  と、ゆっくりと、言った…  「…なに? …峰不二子?…」  「…そうです…つまり、さまざまな男を翻弄する噂が、彼女の持ち味です…」  「…なんだと? …持ち味?…」  「…つまり、自分の噂が、色々流れることに、よって、自分の価値を高めている…」  「…」  「…だから、ボクは、ちょっと、イタズラをしたくなったんです…」  「…イタズラ?…」  「…ひとを介して、リンと知り合うことが、できました…だから、お姉さんには、申し訳ないですが、お姉さんに、ちょっかいを出して、みればと、提案しました…」  「…なんだと?…」  「…お姉さんには、申し訳ないですが、どうしても、そうしたかったんです…」  「…なんでだ? …なんで、そんなことを、したかった?…」  「…お姉さんが、父といっしょにいたからです…」  「…なんだと? …私が、お義父さんと、いっしょに、いたからだと?…」  「…そうです…だから、安心して、お姉さんにちょっかいを出すことが、できた…なにか、あれば、父が、止めることが、わかっていたからです…」  「…どうして、そんな真似を?…」  「…リンが、どこまで、やるか、見てみたかったからです…」  「…どういう意味だ?…」  「…ボクが、お姉さんにわざと、ちょっかいを出してみろ、と、リンに命じます…でも、これが、お姉さんが、リンの立場だったら、どうですか?…」  「…なんだ? …なにを、言いたい?…」  「…要するに、どこまで、やるかです…それで、リンの性格を知ることができる…」  「…性格?…」  「…誰かに、ちょっかいを出してみろと、言っても、それが、悪口を言う程度なのか? それとも、直接、暴力に訴えるか? これは、ひとそれぞれです…」  「…」  「…ですが、どこまで、やるかで、その人間の性格を知ることが、できる…」  「…」  「…ボクは。リンの性格を見てみたかった…そして、おそらく、父も、ボクの目的に、気付いたはずです…」  「…どうして、そんなことが、わかる?…」  「…ボクの人脈というか、情報網は、父に遠く及びません…だから、おおげさに、言えば、ボクの知るところは、すなわち父の知るところとなる…」  「…」  「…だから、すでに、ボクが、リンと接触したのを、父は、知っているはずです…」  「…」  「…つまり、ボクは父の手のひらの上で、動いているに過ぎません…」  「…」  「…だから、たぶん、父は、ボクの目的に、気付いた…」  「…目的?…」  「…リンの背後に、誰がいるか? それが、知りたい…」  「…リンの背後だと?…」  「…リンは、台湾で、一番有名なチアガールです…彼女には、色々な噂が、飛び交っている…いわゆる、芸能界の枕疑惑や、政界や財界の枕疑惑です…ですが、なにひとつ、確証がない…証拠を掴めたことがない…出るのは、あくまで、噂だけ…そして、本人も、なにより、それを、理解した上で、行動している…」  「…」  「…今回、父が、リンといっしょに、来日した理由は、さまざまですが、おそらく、父の狙いは、リンの背後にいる存在です…」  「…背後にいる、存在?…」  「…それを、父は知りたがっている…だから、父は、リンといっしょに来日した…ボクは、父の目的をそう、見ています…」  私は、仰天した…  仰天したのだ…  たしか、最初の話では、台湾の球団の買収の話だった…  チアガールのリンの所属する、プロ野球球団が、売却の噂が出た…  事実、その通りで、その買い手に、葉敬の名前が出た…  なにしろ、葉敬は、台湾の大企業、台北筆頭のオーナー経営者…  だから、球団の買い手として、名前が出るのは、当たり前だった…  金持ちだから、当たり前だった…  そして、葉敬自身が、難しい立場にいると、いうことだった…  難しい立場というのは、葉敬に、球団の買収を勧めるのが、台湾の政界や財界の有力者だということだからだった…  葉敬の旧知の政界や財界の有力者だからだった…  だから、むげにはできない…  簡単に断ることが、できない…  これが、旧知の知人であっても、一般の人間なら、いい…  あるいは、学生時代の友人、知人や、幼馴染だったら、いい…  なぜなら、利害関係が、ないからだ…  いうなれば、ただの、昔からの知り合いに、過ぎないからだ…  だから、嫌なら、簡単に断れる…  しかし、相手が、いかに、昔からの友人や知人であっても、政界や財界の有力者なら、話が、変わる…  相手の面子があるからだ…  だから、簡単に断ることが、できない…  相手の面子を考慮しなければ、ならないからだ…  だから、むげに、断ることが、できない…  仮に、断るとしても、順序を踏んで、断らなければ、ならない…  順序を踏んでというのは、実際に検討するということだ…  あるいは、検討するフリをすることだ…  例えば、  「…あの球団を買ってよ…」  と、相手に、言われても、  「…嫌…」  と、あっさりと、返すことは、できない…  それでは、相手の面子を潰すことに、なるからだ…  だから、できない…  当たり前だ…  そして、なにより、その売り出された球団の最大のウリは、あのリンが、所属すること…  台湾で、絶大な人気を誇る、チアガールのリンが、所属することだった…  そして、そのリンの人柄を知るためにも、今回、葉敬は、いっしょに、来日するということだった…  なにしろ、葉敬に買えと、迫ったプロ野球球団の最大のウリは、リンだったからだ…  野球選手ではなく、チアガールのリンだったからだ…  だから、いわば、最大の商品…  球団の中で、一番大事な商品だからだ…  だから、その商品を見極めるために、リンといっしょに、来日すると、言っていた…  それが…  随分、話が、違ってきた…  いや、  話が、違ったわけでは、ないのかも、しれない…  元々、球団の買収の話は、あった…  あったが、それは、表向きの話…  裏でも、いろいろとあるということだろう…  いわば、本音と建て前というか…  つまり、表には、できない話もあると、いうことだ…  そして、そんなことを、考えていると、ふと、あのアムンゼンのことを、思い出した…  あのアラブの至宝のことを、思い出した…  あのアムンゼンは、あのリンのファンだと言う…  が、  それが、真実か否かは、わからない…  なぜなら、あのアムンゼンは、食わせ物だからだ…  さっき、葉尊が、リンを評したように、食わせ物だからだ…  食わせ物=油断のならない人物だからだ…  あのリンとアムンゼンは、似ている…  なぜなら、あのリンは、派手なチアガールを装っているが、実は、内面が、違う…  そして、それは、あのアムンゼンも同じ…  3歳の外見を持つことをいいことに、それを最大限利用している…  つまり、子供のフリをしている…  ホントは、30歳なのに、3歳の子供のフリをしている…  まるで、名探偵コナンだ…  コナンは、ホントは、16歳の高校生探偵の工藤新一が、6歳の子供の江戸川コナンを演じているのだが、それ以上だ…  それ以上に、年齢差が、大きい…  そして、私が、あのアムンゼンの豪邸を訪れたとき、あのリンをイメージした天女の絵を見せた…  本来、偶像崇拝を禁じるイスラム世界の禁を破ってまで、リンをモチーフにした絵を描いて、見せた…  いかに、アムンゼンが、リンを慕っているか、周囲に見せるためだ…  あれを見れば、いかに、アムンゼンが、リンに憧れているか、わかるからだ…  だが、本当に、そうか?  本当に、アムンゼンは、リンに憧れているのだろうか?  疑問が、残る…  なぜなら、あのアムンゼンは、食わせ物だからだ…  食わせ物=ハッキリ言えば、見た目と中身が違う…  ハッキリ言えば、見た目と中身が、別物だからだ…  だから、騙される…  その見た目に騙される…  中身は、別物だからだ…  だから、アムンゼンは、その見た目を利用して、子供のフリをして、あの保育園で、活動している…  3歳の子供なら、大人は、油断する…  まさか、3歳の子供にしか、見えないアムンゼンが、実は、30歳の大人だとは、夢にも、思わないからだ…  だから、油断する…  油断=警戒しない…  それゆえ、大人は、つい、ポロっと、相手が、子供だと思って、大人相手なら、言わないことも、言う…  つまりは、あのアムンゼンは、自分のルックスを最大限活用しているわけだ…  子供にしか、見えないルックスを利用しているわけだ…  と、そこまで、考えて、気付いた…  たしかに、あのアムンゼンは、小人症だから、特殊な事例だが、外見と中身が、違うことは、世間では、ありがちなことだと、気付いた…  女を、例に取れば、いかにも、清純を気取っていても、影では、あっちの男、こっちの男と、いろいろな男と関係している女は、いつの時代でも、どこの世界でも、いるものだ…  つまり、外見は、清純でも、中身は、遊び人の女は、いるものだ…  要するに、見た目と中身が、違うということだ…  外見は、まじめに見えても、中身は、違うということだ…  これは、誰でも、わかるものだ…  私に限らず、誰でも、そんな人間を、間近に見たことがあるものだ…  まじめに、見える人間が、まじめでは、ない…  真逆に、いかにも、遊んでいそうな派手な女が、遊んでいない…  そんな実例は、世間を見れば、枚挙にいとまがないからだ…  これは、女に限らず、男でも、同じ…  なにより、もっと、ありがちなのが、頭がよさそうな人間が、頭が、よくなかったり、真逆に、頭が、悪そうな人間が、頭が、良かったり、することがある…  これもまた、同じ…  外見と中身が、違うということだ…  ここまで、考えると、むしろ、外見と中身が一致する方が、少ないのでは?  と、思ってしまう(笑)…  が、  いづれにしても、大半は、接していれば、外見と中身が、違うことに、気付くものだ…  そして、そんなことを、考えると、私は、ふと、あのアムンゼンのことを、考えた…  いや、  アムンゼンのことではない…  夫の葉尊が、なぜ、実父の葉敬に、アムンゼンのことを、伝えないのか?  を、考えたのだ…  これは、もしかしたら、葉尊が、アムンゼンを切り札にするつもりでは?  と、思った…  つまりは、葉尊は、今、実父の葉敬の手のひらの上で、動いているに、過ぎない…  それを、快く思わない葉尊が、実父の葉敬に対抗するため、アムンゼンを、自分の味方につけようとしているのでは、と、考えたのだ…  そして、その可能性はある…  十分、あると、睨んだ…  睨んだのだ…                <続く>
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