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わたしたちはそれからも頻繁に連絡をとりあった。喫茶店で他愛のない話をしてみたりだとか、本屋で互いに本を勧め合ったりだとか、模試の結果に一喜一憂したりだとか――そんなふうにしていたものだから、同じ第一志望校のオープンキャンパスに行こうという話になったのは当然とも言えた。
行きの電車の中で、持ってきていた銀色の本を開く。この本には、相変わらず少し未来のことが書き込まれ続いていた。今日のわたしは塚原くんとオープンキャンパスを楽しむが、講堂の階段で転びかけるらしい。足元には気をつけようと決意しつつ、もうひとつ、気になる一文があった。
<梢が夢について話すと、塚原しろがねは応援すると言ってくれた>
夢について。それは両親にも数少ない友人にも、これまで一切話したことのない秘密だった。わたしの趣味や性格から推察できちゃうくらいありふれた夢であり、高校二年生という年齢で素直に追うには、少しばかり『夢すぎる』夢でもあった。
本当に夢の話なんてするのかな。ぼんやり思いを馳せていると、大学の最寄り駅へ近づいたという車内アナウンスが流れ、わたしは銀色の本を閉じて、バッグへしまった。
オープンキャンパスは楽しかった。入試説明とガイダンスからはじまり、在学生のスピーチ、キャンパスツアーに体験授業。塚原くんとああだこうだ言いながら見て回っていると、午前中はあっという間に過ぎてしまった。
「これで350円はえぐくない?」
「わたし毎日食べに来ちゃうかも」
学食の安くてボリューミーな食事をなんとか片付け(塚原くんは少食なほうのくせに何を考えたのか大盛りにしたので、最後の方はかなりつらそうだったしセットのサラダはわたしが食べてあげた)、午後はどうしようかとパンフレットをめくる。
「図書館見てさ、そのあと学科ガイダンスあるからそれ行こうよ」
「いいね。あ、そういえば」
「なに?」
「大西さんはどうすんだっけ、学部と学科」
わたしは「あー」と生返事をしながら、来た、と思った。銀色の本に書かれていた『夢について話す』というのは、きっと今のことなのだろう。
「わたしはねえ」
言おうとして、言葉がつっかえる。塚原くんに限ってそんなことはないと思うのに、嘲笑されたり心配されたり、他の道を勧められたりしたら。
<塚原しろがねは応援すると言ってくれた>
あの本に書かれていた文字が、ふと思い起こされた。塚原くんとの出会いを予知したあの本にこう書かれていたのならば、案外大丈夫なんじゃないかな。たぶん、きっと。
うつむいたまま、でも銀色の本に背を押されるようにして、わたしは口を開く。
「表現学部行きたいんだよね。わたし、小説書きたいから……」
たっぷり二呼吸ぶんの沈黙があった。わたしは恐る恐る顔を上げる。半笑いだったらどうしよう、軽蔑のまなざしを向けられていたらどうしようと思いながら。
「そう、なんだ」
塚原くんはふだんあまり血の気のない頬を薄いばら色に染めて、ありったけ嬉しそうにそう言った。
「俺、読みたいな。大西さんの小説」
まぶたのふちも興奮したようにほんのり赤くなっていたのが印象的だった。
「すごく、読みたい。応援してる」
このとき、明確に思った。
わたし、彼が好きだな。
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