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無事第一志望の大学に合格したわたしたちは、同じ部屋を借りることにした。
大学一年生からの男女の同居が両親にいい顔をされたといえば嘘になるが、銀色の本には<梢の両親は娘の恋人をすっかり気に入った>と書いてあったし、実際そのとおりになった。
新生活は慌ただしく過ぎてゆき、一年生の終わりごろ――春をだいぶ遠く感じる、底冷えする寒さの2月のこと。
塚原くんは窓際で雑誌を読んでいて、わたしはダイニングのテーブルで銀色の本を眺めている。わたしはよくこの本に頼るようになっていた。
わたしが選ぼうとしている道の、その先を銀色の本は教えてくれる。結果が思わしくない時は選択を変えれば、本は粛々と書き換わり、新しい未来をわたしに示した。講義の選択も、ふたりで暮らすアパートも、興味のある本が面白いかどうかまで、わたしは銀色の本に聞く。
一度、塚原くんの乗る電車が長い運休をする、という記述を見て、彼を引き止めたことがある。
訝しむ彼に、わたしはたどたどしく未来が書き込まれる本について話した。信じてもらえるとはあまり思っていなかったが――塚原くんは予想に反してあっさりと「そうなんだ」と頷き、その日の外出を取りやめた。ふたりで見た夕方のニュースでは、彼が帰りに乗ったであろう路線の大規模な運休が報道されていた。
それ以来わたしたちは、こうしてたまに本の力を借りながら、順調かつ平穏に生活しているのである。
「そういえばさ」
塚原くんが雑誌から顔を上げないままに言った。冬の頼りない陽光が彼の白い輪郭を縁取って、開いたままの雑誌のページには透明な光の筋が投げかけられていた。
「こないだ、小説の賞に応募するって言ってたじゃん。あれ、どう?」
ああ、とわたしは息を吐いた。
「あれか」
「うん。できたら一番に読みたいなって」
その純粋なまでの好意と期待に満ちた言葉に、わたしはきまり悪くなりながら「あれかあ」ともう一度言った。
「一旦、やめとこうかなと思って」
「え? なんで」
塚原くんは驚いたように雑誌から顔を上げる。わたしは、眺めていた銀色の本の表紙をとんとん、と軽く叩いた。
「落選する、って書いてあってさ……」
塚原くんはなにか重大なミスを見つけたときのようにさっと青ざめて、うそ、と呟きながらこちらへやってきた。そうして銀色の本をめくり、くだんの記述を見て、憎々しげにそれを睨んだあとにぎゅっと目を閉じた。
なにか、ひどく後悔するようにうなだれた彼に、わたしは何も言えずただそれを見ている。長い沈黙だった。塚原くんの唇がふるえ、細く長い息を吐き出して、ようやくその目が開く。
「……その本」
悲しそうな目で、けれどきっぱりと、塚原くんは言った。
「その本、処分したほうがいいと思う」
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