3.その日、運命を燃やす

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 ほとんど半狂乱になって塚原くんを探し回り、共通の友人や自分の家族に連絡をとって「そんな青年とは会ったことがない」と言われ、訪れた不動産屋で「貴女は一人暮らしですが」と怪訝そうに告げられ、ようやくわたしは悟った。  あれは正真正銘、わたしの運命の(ひと)だったのだ。  わたしは、本と恋をしていた。  それから数年が経ち、大学を卒業し就職が決まっても、わたしは彼と共に暮らすために借りた部屋を引き払えていなかった。  結局、文学賞にはあのあとも何度か応募したけれど、最終選考まで残ったり二次選考で落ちたりとまちまちで、未だに小説家を名乗れてはいない。  だけど、燃える手でなお背を押されたのだ。夢を追うのをやめるつもりは毛頭なかった。  キーボードを叩く手を止め、ふと窓際に視線をやる。彼がよく寝そべって本を読んでいた、そこには誰もいない。  あの横顔を――白く縁取られた、光の輪郭を。  興奮するとうす赤く色づく瞼の縁を、やさしくこちらを見る銀色の瞳を。  あのしろがね色の恋人をみずからの言葉で綴る日を夢見て、わたしは今も、小説を書いている。
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