1.銀色の本

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1.銀色の本

 高校二年生の秋、わたし――大西梢(おおにしこづえ)は、学校帰りに馴染みの本屋へ立ち寄っていた。  新刊だというのに奥の棚にしまい込まれていた、あまり売れない、だけど大好きな作家の最新作。おそらく毎回取り寄せを頼んでいた私を気遣ってごく少量仕入れられた、その背表紙に手を伸ばす。  その時ふと、隣に並んでいた一冊に目が行ったのだ。銀一色の背表紙に、タイトルは書かれていない。なんとなしに興味を惹かれて先にそちらを引っ張り出すと、表紙も小口も銀色だった。手触りの良い表紙には黒の箔押しで『あなたの運命の本』と書かれている。   (あなたの運命の本、ね)  そのセンセーショナルな題に釣られて、わたしはページをめくる。  そこにはこう書いてあった。 <十七歳の秋の夕暮れ。大西梢は高校の帰り道、通い慣れた本屋へ立ち寄り、本を探していた> 「は?」  思わず声が出た。そこにはまるっきりわたしの現状が書かれていたのだ。読み切るより早く次の一文が現れ、()()()()()()()は銀色の本を手にとってそのページをめくり始める。 <梢はぞっとした。なぜこの本には自分のことが、こんなに事細かに書いてあるんだろう?>  全く同じ事を考えていたわたしは<梢は心を読まれたような気持ちになって>そう、心を読まれたような――……頭がおかしくなりそう。私の思考を銀色の本に書かれた文章が追い越していく! <だが梢はすぐにその考えを一旦脇に置いておくことにした。だって、もうじき運命の相手がやってくる>  運命の相手、という言葉に瞬きを数度。いきなり出てきた突拍子もない言葉は、この不思議な出来事の現実味をより下げる。やっぱりわたしはまだ学校の教室でうたた寝なんかしていて、これはその夢なんじゃないかなあ……そう考えたとき。  す、と。隣から手が伸びてきて、形の良い指先が、眼の前にあった本――わたしが元々目当てにしていた、贔屓の作家の新刊――その背表紙をするりと撫で、棚から抜き出した。 「あ」 「え?」  思わず声を上げてそちらを見ると、同年代くらいに見える少年が、驚いたようにこちらを見返している。  顔立ちが整っているのに対して、全体的になんとなく薄く頼りない印象を抱くのはその色素の薄さのせいだろうか。ぱち、と不思議そうに瞬いた瞳は、蛍光灯の白っぽい光を受けてほとんど銀色に見えた。 「あ、この本買います?」    気遣わしげに差し出された本はもちろん購入する予定の一冊であったが、わたしは「いえその、まだ手に取ってなかったですし」ともにゃもにゃ言いながら視線を逸らした。 「そう? うーん……」  銀色の眼の少年はそれを聞いて一度本を引っ込めたが、ややあってから「よし」とひとつ頷いてみせた。 「来て。店員さんに在庫ないか聞いてみよう」    彼は大股で歩き出し、三歩ほど進んだところで振り返ってこちらを見やる。わたしはかなり迷って、結局あの銀色の本を抱えたまま彼を追った。
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