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地下の自分
薄暗闇の家の前で、父さんと母さんが僕たちを待っていた。
僕の顔を見ると、泣きそうな笑顔を見せ大きく手を振った。
病院から帰ってきただけなのに大袈裟な、と思うが最近の消失事件を考えるとこうなってもおかしくない。
頭痛が消失の前兆なのは、今や子どもから年寄りまで誰もが知るところだ。
――一番不安なのは、他でもない僕だ。
毎日続く頭痛が始まってから一週間、これがタイムリミットだ。
『失踪』が『消失』に呼び名を変えて以降、頭痛で受診した患者の情報は全て町に報告されることになっている。
その最近のデータによると『消失』した人は、多少のばらつきはあれど、発症後五日から六日目にいなくなることが多く、七日目以降は確認されていないという。
僕は今日、三日目――。
無事に一週間を超えたら、少なくとも消失の恐れはなくなる。
逆に他の病気の心配が出てくるが、消えてしまうよりは対処方法があるだけましだ。
「アキスミ、後で俺の部屋に来い」
家に入る前、兄さんが僕に耳打ちした。
♢♢
頭痛は発作的にやってくるもので、それ以外の時間は普段通りに生活できる。――いやむしろ普段より元気があるくらいで自分でも怖い。
夕食中、いつもならダルくて適当に返事をしている母さんの質問攻めにも、今日はいちいち丁寧に答えた。
病院で何を聞かれたかとか、どんな検査をしたかとか、もらった薬を見せろとか、何か食べたいものはあるかとか……ん?
食事が豪華な気がする――。
僕が消失するのが前提な気がして縁起が悪い。
両親と真逆に口数の少ない兄さんの顔を見た。
さっきから難しい顔をしてほとんど食べていない。僕は普段から感情に流されやすい両親より冷静な兄さんを頼りにしている。
早く食事を済ませて兄さんと話がしたい。
「ごちそうさま」
心配そうな両親に少し罪悪感を覚えながら席を立った。
♢♢
二階に上がると、そのまま兄さんの部屋に向かった。
「で、何か話があるんでしょ?」
断りもなく兄さんのベッドに腰かけながら聞いた。
「まあ、待てよ。……なんだか空気が籠ってるな。窓を開けよう」
窓の外から丁度良く冷たい風が優しく入ってきた。
僕の家は海岸沿いにあり、暑い季節でも夜になると海面で冷やされた空気が火照る身体を優しく癒しに来てくれる。
冷房に乱暴に体温を奪われるのを嫌う兄さんは、良く窓を開けている。
「さっきの話、最初はお前の学校で流行ってる無責任な噂話だと思って笑っていたけど……実は俺も今日、心当りのあるものを職場で見た」
そう言いながら、机の前の椅子に座り足を組む。
「兄さんの職場で?」
――そうなんだ、兄さんの職場こそ医療機関から頭痛患者の情報が集まる場所、この町の衛生管理局だ。
「……見たと言うより聞いたと言った方が正解かな。ある患者の資料に音声ファイルが添付されていたんだ」
「それで? 何の音声だったの?」
思わず声が上ずった。
「『地下の自分に殺される』、そう言っていた」
「え? どういう意味……」
兄さんが口を開きかけた時、窓の外で何かが光った。一瞬だけど、強く白い光、海の方からだ。
兄さんが立ち上がり、窓の外を覗く。
「あの人、どうしたんだろう」
「何? 誰かいるの」
僕も兄さんの隣に立ち身を乗りだす。
「あ……あれ」
驚きで言葉につまる僕と外を交互に見て、兄さんが尋ねる。
「なんだ? 知っている人か?」
「ツルバミくんだ……消失したはずの」
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