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帰還した少年
僕でなければ気がつかなかったと思う。
車道を挟んだ海の岩場、しかも夜。月明りと街灯でかろうじてシルエットが見えただけなのに。
いかに僕がツルバミくんを良く見ていたかが証明された。兄さんも一瞬「良く分かったな」という顔をしたが、口には出さないでいてくれた。
「何があったんだろう……僕、行ってみるよ」
そう言った時にはもう身体がドアに向いていた。
「待て、俺も行く。外で発作を起こしたらどうする。それに……ツルバミくんという子、本当に消失から戻ったのなら、面倒なことになるかも知れない」
いなくなった人が戻ってきて面倒なことなんかあるの?
良く分からなかったけれど、兄さんがついて来てくれるならこんなに心強いことはない。
♢♢
「ちょっとアキスミと外の空気を吸ってくる」
最近では両親の相談相手になるほどしっかり者の兄さんがそう言ったので、難なく家を出る事ができた。
海岸に出るまで、ツルバミくんがまだそこに居てくれるか不安だった。
――いて欲しい。正直、どこに行っていたとか、どうやって戻ってきたかとかよりも、今ならツルバミくんが僕とまともに話してくれるような、そんな気がしていた。
「ちゃんと話を聞かないとな。彼の体調と精神状態が許せば、だけど」
隣で車道の左右を確認しながら兄さんが呟いた。
道路を渡り切ると、直ぐに暗い砂浜を見渡した。
満月がきれいに波に揺れていた。
この背景もツルバミくんに似合う――早く見つけたい。
「ねえ」
突然後ろから声がした。
「ツルバミくん……」
「君、同じクラスの――」
名前を覚えていないと言われるのが怖くて、
「アキスミだよ。アキでいいよ」
早口で言い切った。
「うん……」
「君、消失していたんだって? 色々聞きたいことがあるけど、まず、怪我をしていたり、具合が悪かったりはしないかい?」
兄さんの問いに、ツルバミくんの夜のステンドグラスみたいな目が少し揺らめいた。
「あ、こっちは僕の兄さん――衛生管理局で働いてるんだ」
ツルバミくんの表情が少し硬くなった気がした。
「何か、まずいことでもあるのかな? でも安心して。管理局に連れて行く前に、俺が君の話を聞くから――」
「キヨスミさん……ですよね」
「え? ごめん、どこかで会ったかな。俺、人の顔を覚えるのが病的に苦手なんだ。気を悪くしないでくれ」
初めて兄さんが信じられなくなった。
ツルバミくんと会って、忘れてしまえるってどういうことだ。
――こんなに綺麗なのに。
「アキ……くん?」
「あ、ごめん。それよりツルバミくん、家に電話とかしなくて平気? 良かったら僕の使って――」
ツルバミくんに初めて名前を呼ばれてどぎまぎしながらも、ポケットからスマホを取り出す。
「いや……ちょっと今は家族にも上手く説明できそうにないんだ」
何を怯えているの? ステンドグラスの目に影が落ちる。
「わかったよ。ここで立ち話するのもあれだな。かといって俺たちの家に連れて帰るのもちょっとな……。なあ、少しここで待っててくれ。遅くまでやってる喫茶店を知ってる。ドライブがてら、そこまで行こう。車を取ってくる。ツルバミくん、そこで聞かせてくれるかい? 君がこれまでどこに居て、何をしていたのか」
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