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ここと似た町
「この喫茶店――地下の地下にもありました」
赤い革張りのソファに腰を落ち着けたツルバミくんが言った。
彼が地下に居たことは予想がついていたけれど、地下の地下とはなんだろう。『地下鉄』『地下倉庫』『地下駐車場』……そんなものが登場するSF小説に、僕も中学生の頃夢中になった。
ツルバミくんはそんな世界に行っていたのだろうか。その話を聞けると思うと不謹慎にもワクワクが止まらなかった。
早く聞きたくて、車の中で質問攻めにしようとしたけれど、ツルバミくんが窓の外を向いて黙ってしまったのでやめた。
流れるオレンジの街灯に映える白い手の甲や、艶のある髪を見ていたくて、敢えて声をかけなかったとも言える。
三日後には自分はこの世界に居ないかも知れないというのに、能天気なものだ。
♢♢
兄さん行きつけの深夜までやっている喫茶店は、海岸沿いを車で二十分程走った坂の途中にあった。
一方通行の急な坂道のうえ、入口も狭い喫茶店。今まで存在も知らなかったわけだ。壁一面に古い本が並んでいて、喫茶店というより図書館みたいだ。
兄さんはいつも一人で来ているのかな? 職場の人と? それとも誰か特別な人? 急に兄さんが僕の知らない人になったみたいで寂しくなった。
「それで、君は消失してから地下の世界に居たわけだ。これは間違いないね」
ブラックコーヒーを一口飲んだ兄さんが、ツルバミくんを真っ直ぐ見て言った。
「はい」
静かに答えたツルバミくんと僕の前にもブラックコーヒーが置かれている。
僕は本当はモカを頼みたかったのに、二人に子どもだと思われたくなくて、合わせてしまった。
兄さんはそんな僕の意地に気がついているだろうけど、何も言わなかった。
「……どんな場所だった? どうしてそこが地下だとわかった」
「『地上人』と呼ばれていたんです、そこの人から」
そう言うとツルバミくんは目を伏せ、何か逡巡しているようだった。
「地下は……ここと良く似た場所でした。ただ、太陽がありませんでした。いえ、太陽に似たものはありましたが、あれは偽物で……」
やっぱり滑舌が悪い。急に不安が頭をもたげる。
「そこで……何か酷い事でもされたの? いや、言いたくないなら良いんだけど」
ツルバミくんはトンネルの入り口みたいに真っ黒なコーヒーを見つめたままだ。諦めて話題を変えようとした時、
「アキくん……君、白い服を着たことある?」
突然ツルバミくんが訳の分からないことを呟いた。
「何で? 急にどうしたの? あるわけないじゃない」
「地下の人達は――全員白い服を着ていたんだ」
何と言えば良いのか、言葉が見つからずにいると、兄さんが緊張した声で言った。
「じゃあ地下は、異端の罪人の刑務所ということか――」
「異端者の刑務所?!」
思わず大きい声を出した僕を二人が睨みつける。
「アキスミ静かにしろ。刑務所と決まったわけじゃないんだ。でも俺たちの服は信仰の黒だと決まっている。白い服を着せられるなんて……君、もしかして――」
兄さんの言いたいことはわかった。ツルバミくんまで異端だと疑っているんだ。そんなことがみんなに知れたら大変だ。
「いえ、僕は違います」
小声だがツルバミくんがはっきり言ってくれたので、安心する。
「それより、話しておかないといけないのは僕が地下から戻ってこれた理由です」
「ああ、確かにそれも聞かせて欲しい。消失者を救う大切なヒントだ」
一口、コーヒーを飲んでツルバミくんが話し始めた。僕のは手つかずのままだけれど。
「僕が帰還できたのは、もう一人の僕の存在から逃げ切ったからです」
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