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店主
「あんた――いったい何なんだ。大体、白い服って……そんな異端者を匿っていたなんて知れたら――」
「警察に通報しますか? 何の証拠もないのに。彼はもうここには居ないし、痕跡すらない。居たとして――あなた達が異端を見分けるのは服の色だけでしょ。弱すぎる根拠じゃないですか。伝統だから間違えないと思っているだけだ」
そう言うと、ツルバミくんを意味ありげに見た。
「そこの彼だって、地下から戻ってきたなんて言っていますが、果たしてどれだけ信用できるのか。地下の人間と入れ替わっていたって、誰も気がつかない」
「僕は……僕は違います。地上の人間です。信じてください」
ツルバミくんの指が震えている。僕の好きなオルガンの鍵盤をなぞる指。
指先から音が出ているんじゃないかと本気で思ってしまう、白い音符みたいな指が。
「ちょっと整理させてくれ」
兄さんがおじさんをじっと見て言った。何か言い返そうと思っても、何も言葉の出てこない僕とは違う。
「地下にはこことよく似た町が広がっている。そしてそこには自分とそっくりな人間が住んでいる。もし、その自分にそっくりなやつ同士が出会ったら、どちらかが殺されてしまう。……何でだ?」
おじさんがまた不気味な笑顔を作って答えた。
「同じ世界に二人は要らないからじゃないですか。わたしは地下の世界に行ったことがないからわからない。そちらの彼の方が詳しいと思いますが」
ツルバミくんが震える指を組んで、祈るみたいなポーズで言った。
「そうです。理由はわかりませんが、自分と会うと殺し合いが始まってしまうと聞きました。地下に行って帰って来ていない人……みんな自分に殺されたんだと思います」
ツルバミくんが無事で良かった、僕の頭にはそれしか思い浮かばなかったが、兄さんは冷静に続ける。
「だったら尚更この事を公にしないといけない。住民の保護と薬の捜索をしないと。地下があった事すら俺には驚きだけど、俺たちでどうにか出来る問題じゃない」
おじさんが溜息をつきながら、また例のにやけ顔で返してきた。
「わたしに助けを求めて来た白服の彼、衛生管理局から逃げていたんですよ」
「……どういうことだ? その男に会えないか?」
少し悩むような表情をしてから、おじさんが答えた。
「必ず会えるかはわからないけど、行き先なら知っています。行ってみますか?」
「もちろん。それはどこだ?」
兄さんは少しも悩まず頷く。
「植物館ですよ」
この流れだと学生の僕とツルバミくんは家に帰されてしまいそうだ。
「おじさん、僕たちも一緒に行っていい?」
おじさんが初めて普通に笑ってこう言った。
「店主、と呼んでください」
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