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植物館へ
暗闇に中に、白く光るガラスのドームが三つ連なった植物館が見えてきた。
中央が本館で、右隣りが旧館、左隣がライト館と呼ばれている。
一番背の高い本館の中には、ちょっと意味がわからないくらい巨大な樹木が立ち並んでいる。学校をさぼって平日の昼間に入った時、ガラガラの館内で、その巨大な葉に閉じ込められてしまう妄想が広がり怖かった。
旧館にはそれこそツルバミくんの分身のようなヒスイカズラや、色の名前も知らない鮮やかな花が溢れている。
一番新しいライト館には、人工の滝や橋、東屋のような物があり、植物に興味のない子どもにさえ人気がある。
夜に入るのは初めてだ。喫茶店では何かに怯えていたツルバミくんの口角も僅かに上がって楽しそうだ。
ツルバミくんは白い服の男が怖いんだろうか、それともオブリビオン薬というものに何か嫌な思い出があるんだろうか。
「植物館にいるなら、その男は僕を追ってきた僕じゃない……」
ツルバミくんが読心術でもあるように言った。
「……もう一人の自分と会うのが怖かったの? どうして植物館にいたら違うとわかるの?」
その時、店主さんが僕たちを振り向いて言った。
「映写室の方へまわりますよ」
♢♢
映写室、と言われてどうやって侵入するか、ピンときた。
一階に、世界の植物にまつわるショートフィルムを一日中上映している部屋がある。あそこはいつも遮光のカーテンで覆われているが、掃き出し窓がついている。鍵がかかっていなければ簡単に中に入れるはずだ。
窓を開いたのは店主さんだった。すーっとあっけなく開いた窓から、少し高くなっている室内へ、遮光カーテンをするりと潜って中に入った。
「一人ずつ、早く入って」
促されて、兄さん、僕、最後にツルバミくんが中に入った。
「あんた、慣れてるな。いつもこんな事をしてるのか」
兄さんが店主さんに言う声が聞こえた。
この部屋真っ暗だ。遮光カーテンに遮られ、外灯の明かりも届かない。
「電気、どこですかね」
立ち上がろうとした僕の腕を、店主さんらしき大きな手がつかんだ。
「待って、ライトを持ってきましたから」
「やっぱりあんた、初めてじゃないだろ」
完全に兄さんを無視して、店主さんはライトを点けると、
「こっちです」
と映写室から展示室への通路に向かった。
「ここで昔、ボルネオ島のフィルムを見てラフレシアが好きになったんだ」
暗闇が距離を縮めてくれる気がして、ツルバミくんに打ち明けた。
「僕も同じものを見たよ」
やっぱり、闇は願いを叶えてくれる――。
♢♢
「本当に入る気か」
ここまで来て、兄さんが常識的な事を言う。
「この期に及んで何言っているんですか。白服の男はこの中じゃないと安心できないから、話を聞きたいなら私たちが入らないと」
展示室前の透明なドアを前にして、大人二人がノブを握ったまま言い合いをしている。僕は店主さん側につく。ここまで来て帰るなんてしたくない。何より今とってもワクワクして――
「うわあ!!」
――ガラスのドアの向こうに、顔も服も真っ白な、背の高い男の人が、無表情で張り付いていた。
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