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「本日付けで捜査一課に配属になりました、守谷資仁です。よろしくお願いします」  守谷は深々と頭を下げた。その堅苦しい挨拶には誰もが無関心だった。  捜査一課は日々事件に追われている。新人が入ったからって、歓待するわけでもない。加えて、新人の教育を率先してやるような奇特な刑事は皆無だ。  課長の白羽の矢が葛城宗光に飛んだ。  葛城はネクタイを緩め、目の前の直立不動の守谷を下から上まで見た。 「葛城宗光だ。宗光は陸奥宗光からとったらしい。有能な政治家だったらしいけど、俺は見ての通り、刑事だ。手取り足取り教えるのは苦手だから、見て覚えろ。まあ、警察学校では優秀な成績を収めたらしいから、俺の心配も杞憂かな」 「ありがとうございます。陸奥宗光は領事裁判権を復活させた強硬派で知られてますね。日清戦争を開戦に導いた政治家で非常に情熱的な人物だそうです。 親御さんはきっと、葛城さんに期待してたんでしょうね」 「へえ、そうなのか。俺は歴史上の人物なんて、興味がないから。あ、守谷のデスク、そこな」  何もないデスクを葛城は顎でしゃくった。  守谷は礼を言うと、外に置いてある段ボール箱を抱えて持ってきた。  パソコンと電話機を設置する。守谷は引き出しを開けると、犯罪心理学関連の書籍を入れる。 「守谷、おまえ、A型だろう?」 「いいえ。o型です」 「ほう。O型なら問題ない。誰とでもうまくやれる」 「僕、葛城さんとはいいコンビになれると思ってます」 「ところで、勉強熱心だな。ここの連中は本なんて読まない。せいぜい読むのは競馬新聞くらいなものだ」  課長が二人の前に立ち、早速、東京の外れにある円寿町まで出動を要請した。  円寿町「えんじゅまち」、通称、天使の住まう町と呼ばれている町。二十年以上、殺人や窃盗、詐欺などの事件はゼロで、平和を絵に描いたような町だ。  町のシンボルでもある一軒の教会に他県や他の町から多くの人たちが訪れる。教会の傍らに鎮座している天使の像の頭を撫でると幸福になれるという都市伝説までが生まれた。  ミーハーな彼らは時間を見つけては、天使にあやかろうと円寿町を目指す。
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