真人類

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 神は法において公平であった。  ゆえに罪があふれる地上の有り様を嘆いて自殺した。神が人を創らなければ罪も生まれなかったからである。  地上では人どうし裁き合う不毛な審判が常であるが、天国では上位の存在が下位の存在を裁く決まりがある。神以上の立場などないので神は御自身を裁くしかなく、神亡きあとの天国は天使たちが支配する運びとなった。  さて、いよいよ最後の審判の時がきた。  ある人間の男が、天使長に判決を言い渡される。 「お前は有罪。家族を傷つけた罰として地獄行きです」  すると男は憤慨して以下のように異議を唱えた。 「この判決は不当だ! 私は確かに家族を傷つけた! だが向こうだって報復として私を傷つけてきたのだ! なのに家族はいっさい咎められもせず天国行きとは! 不平等ではないのか! なぜ私と同罪で裁かぬのか!」 「報復は正当。報復を恐れるなら罪など犯さねばよい」  毅然とした態度で語る天使長に男は食い下がる。 「報復は正当か! ならば報復に対して報復しても! 私は許されるな! いま貴方は私を正しいと認めた!」 「わかりました。お前の家族も地獄行きにしましょう」  天使長はあっさり折れて男の訴えを聞き入れた。  自分の理屈に便乗した言い分を否定してしまっては、自分が間違いを犯したと認めることになるからだろう。  地獄へと引きずり降ろされる家族の怨嗟の声を聞き、男は満足げに笑いながら大胆にもさらに要求を重ねた。 「今まで一度も家族やそれに近い者を傷つけていない、という人間がもしいるならばここに連れてくるがいい。私は私が罰されるべき立場であることを否定しないが、それができなければ全人類が同じ罰を受けるべきだ! 同じ罪に対して潔白の証を立てられる者がいなければ、この裁判を始めた貴方がたの正当性は証明されない!」  これには天使長もさすがに困り果ててしまった。  赤子でさえ出産時や成長の過程で母親を苦しめるし、どんなに良識ある者も一度は家族の誰かを悲しませる。世界じゅう探しても無罪の人間は誰ひとり見つからず、最終的には全人類が地獄行きの刑罰を受けるに至った。  惨憺たる結果に下位天使たちは大いに戸惑って嘆く。 「救うべき魂がひとつもないとはどういうわけなのか」 「人類をふるいにかけることが最後の審判の目的だぞ。ひとり残らず地獄行きになってしまっては意味がない」 「こんな時に父なる神かミカエル様がいてくだされば」 「ミカエル様たちは神の後追い自殺をしてしまわれた。今やたった一柱の上位天使は人間に言いくるめられた」  混迷する会議の場に天使長がやってきてこう言った。 「最初から罪を犯す心配がない人類を創ればよいのだ」  後日に創造された新人類を見て下位天使たちは驚く。 「魂が入っていないのか?」 「これは死体ではないか?」  動かない肉人形の姿に天使長だけが感じ入っている。 「人間は生きている限り罪を犯す業から逃れられない。何も望まず傷つけ合うこともない今の状態こそ正解だ」
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