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小さい頃から、娘はとても泣き虫で臆病な子供だった。
だから最初は、幼稚園でもちょっとトラブルになっただけで過剰に怯えているだけ、大袈裟に反応しているだけだと思ったからである。別に殴られている様子もないし、不自然な怪我をしているわけでもなかったからだ。
ところが、ある日彼女が泣きながら私にこんなことを言ってきたのである。
「ママ、ママ、わたしのなまえって、へんなの?」
「え?」
「なまえ、きもいって、いじめられるの」
彼女の顔は、私によく似ていた。もっと言うと、私の母に。多分世間的に見れば、あまり美人とは言えない顔立ちだったのだろう。それに加えて、少し太りやすい体質で、いつも体がふっくらしていた。
それについてからかわれることはあるのかなと思っていたが、この時の言葉はあまりにも予想外だったのである。
「ぶすなのに、エンジェルなんておかしいって。エンジェルって、てんしさまっていみなんでしょ?てんしさまは、すごくキレイじゃないとおかしいって。ブスが、えんじぇるなんて名前、へんだって……」
「何それ、ひどい!一体誰がそんなことを言ったの!?ママが叱ってあげるわ!!」
「やめて!そんなことしたら、もっといじめられちゃう!」
娘は臆病だったが、年の割の聡明だったのだろう。
下手に親が介入するとますますいじめられるということが、幼いなりによくわかっていたのである。だから怒る私を泣きながら止めたのだ。そして。
「ママ、わたしも、このおなまえやだ。もっと、ふつうのなまえがいい……」
その言葉が、想像以上に突き刺さった。
なんてことを言うのだろう。私と夫が、悩みに悩んで決めた最高の名前なのに。その理由は、娘にもちゃんと伝えたはずなのに。
「天使!なんてこと言うの、あなたは!その名前は、私とお父さんが一生懸命考えてつけた名前なのよ!?その名前が要らないっていうの!?」
「いらないんじゃないの!やなの!」
「なんでよ!?悪いのは名前じゃなくて、いじめっこでしょう!?」
「わたしもやなの!やなの!」
幼い彼女は漠然と“嫌”と言うことしかできなかったのだと思われる。普通の名前、というのもよくわかっていて言ったわけではないのだろう。
いずれにせよこの言葉で、私の怒りは娘本人に向いてしまった。そしてその日は罰として、おやつ抜きを慣行したのである。娘はずっと泣いていて、やがては反省したのか“ごめんなさい”と謝ってきたのだった。
「ごめんね、天使、ママも怒りすぎたわ。でも、わかってほしいの。この名前はね、世界でたった一人、あなただけのものなのよ」
「ママ……」
「ずっと子供が欲しかった私達のところに、やっと来てくれた最高の天使様。それが、あなたなの。だから世界で一番幸せになってほしいと思ってその名前をつけたのよ。お願い、どうか大事に守っていってちょうだい」
「……うん」
私は、わかっていなかった。
この時どういう気持ちで彼女はうん、と頷いたのかということを。
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