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確かに、私達が娘につけた名前はいわゆるキラキラネームというものなのかもしれない。
しかし、世間に溢れている多くのキラキラネームと比べたら大人しい類いのものではないか。読み方だって難しくない。漢字だって面倒じゃない。誰もが知っている存在だからイメージがしやすいし、何より私達の愛情がたっぷりこもっている。なら、娘だっていつかは私達の気持ちを理解して受け入れてくれるはずだと、そう思ったのである。
ところが。
小学校一年生で娘はいじめに遭って、たった半年だけ通って不登校になってしまったのだ。
「クラス替えもあるでしょう?二年生から、学校に行ったらどう?」
私はそう娘に勧めたものの、彼女はなかなか首を縦に振らない。いじめた子が誰なのかは知らなかったが、同じクラスの子だということはわかっている。彼らとクラスが離れたらもう怖いことは何もないし、名前を教えてくれたら私から彼らとクラスを離してくれるよう先生に頼むこともできる。
それなのに、彼女はいじめっ子の名前を教えてくれなかった。それどころか。
「……行きたくない」
「なんで?そんなにひどいことをされたの?」
「悪口、言われただけ。でも、もういい。学校とか、人がいっぱいいるとこ、行かない」
「だから、どうして?クラスが変われば、環境も変わるでしょう?」
「…………」
「黙っていたら、わからないわよ」
幼稚園の時を思い出していた。まさか、という気持ちがなかったわけではない。それでも、本当に嫌なことがあるならば彼女から言うはずだし――何より、その可能性を私自身が信じたくなかったというのもある。私達が彼女につけた名前は、彼女を幸せにするもののはず。そう信じたい気持ちが、何より勝っていたと言っていい。
夫は、“名前のせいなのかとこっちから尋ねてみたら”と言った。しかし、私はその勇気がなかなか出ないまま、彼女は二年生に進級することになるのである。
すると、二年生の同じクラスの子が私たちの家に遊びに来たのだった。名前は“和子”ちゃん。現代の小学生に似つかわしくない、いわゆる“シワシワネーム”的な名前の女の子である。
「おばさん、あたし、天使ちゃんと友達になりたいんです。お話、させてもらってもいいですか?」
「……ええ、いいわよ」
去年同じクラスだった子じゃない。だから、彼女をいじめた連中とはきっと無関係のはず。
二人きりで娘と話したいという和子ちゃんに、私は任せることにしたのだった。子供同士なら、説得できることもあるはずだと思ったのである。
和子ちゃんは不思議な子だった。二年生とは思えないほど礼儀正しく、はきはきしていて、明るく元気だ。そんな彼女に引っ張られたからだろうか。――和子ちゃんが部屋に来て一時間後には、娘の部屋からは笑い声が聞こえるようになっていたのである。
「じゃあ、そういう風にしよう!あたしも、先生にお願いするし!」
「ありがとう、かっちゃん!」
娘は、笑顔で和子ちゃんを玄関で見送っていた。
どういう話をしたのかはわからないが、彼女に任せたのは正解だったらしい。急に元気になった娘を見て、私が心からほっとしたのは言うまでもない。
そして、娘はその次の週からは、学校に行くようになったのである。それまで引きこもりだったのに、まるで魔法にかけられたかのようだった。
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