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「名主様このままでは年貢おさめられないし、悪くすりゃ一家みんなで飢え
死にだ。この冬のうちになんとか橋の普請仕事がありゃ、村のみんなも助か
るんだが、どうにかならないものかの?」
「ううむ。確かに小貝川に橋を架けようという案もなくはない。しかし郡代
様は川向うの平沼も同意の上でなら進めようという条件つきの案をだしと
る。どうするよ。あっちの意向をどう聞く?」
「わしが泳いで……」
「無理だ。霜がおりようという頃に」
「弓に文をつけて向こうにとばすっちゅうのはどうです?」
「名案だな。やってみよう」
名主は橋を作りたいので協議したいという文をさっそく書いた。
吾作はイノシシに矢を打ち込んだという新三に頼み、堤に一緒に上った。
新三は自分の腕を評価されたことがうれしく真っ赤な顔で言った。
「どこまで飛ばすのよ? 堤の向こうか?」
「いや、向こうは見えない。人を射てしまったら大事になっちまう。あくま
でも堤の上だ。それより近いと川にもっていかれる。いいな、ちょうど堤の
上に突き刺さるように射るんだ」
「わ、わかったよ」と新三は矢を弓につがえた。
手作りの弓はきりりとたわみ、矢は一直線に向こう岸に落ちた。
堤に突き刺さりはしなかった。でも十分は場所だった。
ふたりはじっとそこで待った。日の落ちる前男がやってきた。
「おーい おーい」「それだ、その文を見てくれ」
吾作と新三は声を限りに叫んだ。男は矢に気づき吾作と新三をちらりと見た後、矢を手で高々と上げ、大声をあげながら手を振り応じた。
風が声を運んでくる。
「たしかに受け取ったぞー」と云ったように聞こえた。
川向うの住民が同じ言葉を話すことに吾作は安堵した。
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