僕の夏休みの恩返し

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 澄也(すみなり)が僕を泣きそうな目で見てくる。夏休みの塾の夏期講習を終えた僕は、偶然にも中学時代の仲間と最悪な再会をした。澄也と靖司(やすし)が同年代の男女を揉めていた。昔、2人に助けられた僕は、駅の西側の通路へと向かう。 「何かあったんですか」  2人は目と手で僕を遠ざけようとした。早くここから離れろと。しかし僕は離れなかった。 「こいつが彼女と交際し始めて。俺は許していない訳。別れるって彼女が一方的に」 「違うわ。ちゃんと説明したじゃない」  彼女は泣いている。まぁ状況から見て彼が別れに納得がいっていない模様。それなのに澄也と交際し始めたから腹が立ったらしい。  通り過ぎる人たちの視線が痛いほど刺さる。 「あの、それ2人で冷静に話し合った方が良いと思いますよ。この2人は何もしていないのに、ここにいる訳ですよね」  澄也と靖司が僕に帰れと言った時に、相手の男が澄也を蹴ろうとしていたので、僕は考える間もなく前に出て蹴り飛ばされて。 「何しているんだ」  駅前交番の人が来て。結局、警察署で事情を聴かれて、僕は手のつき方が悪くて痛めて1人病院へ連れて行かれて。  その病院に連れて行ってくれた人が深賀(ふかが)さん。僕を赤ちゃんの子の頃から良く知っている深賀仁麿(じんま)さん。仁君と呼んでいて母さんの幼なじみだ。 「良かったな、完全に折れていなくて。ヒビ入っていたけどな。2人は友達か」 「中学の時クラス一緒で仲間。昔、助けてもらったから、絡まれているの見て助けたくて」  そこへ母さん。僕を診察室の外の長椅子に座らせて、母さんに駆け寄って行って話している。  そこへスーツ姿の人と澄也と靖司が来た。澄也が泣きそうになって僕を見つめる。 「ごめん、関係ない拓麿(たくまろ)が蹴られて」  澄也が頭を下げた。靖もワンテンポ遅れて。 「いや僕が悪いから。2人が帰れって言ったけど帰らなくて口出ししたから」  澄也が言う。 「靖司も付き合わせて怖い目に遭わせて、拓麿も巻き込んで。本当にごめん」  防犯カメラで手出ししたのは彼だけと確認取れたとスーツの人が言った。 「あの2人とはどういう関係」  澄也と同じクラスの女子で、その女子と中学時代から交際していた男だという。 「クラスの席が隣で相談受けて。靖司は空手ずっと続けてるし心強いと思って頼んで来てもらった」 「でも結果、通りすがりの拓麿に俺ら助けられて。マジごめん」  靖司が言うから首を横に振った。 「帰れって言ってくれたのに帰らなかったのは僕だから。こっちが迷惑かけてごめん」  2人が帰って行って母さんと仁君が来た。 「あの2人、靖司君と澄也君でしょ」  頷いた。 「恩返ししたかったのね。帰ろうか」  中学1年の夏休み。転校する事になると聞いてはいたけれど意外に早かった。母と2人で母さんが高校まで過ごした町へ引越しが決まった。引越し当日も父さんは帰って来なかった。結局、1週間も父さんに会わずに別れた。  会社での問題だから僕には分らない。ただ判明しているのは両親が離婚した事。  9月から新中学校へ。そこで僕は馴染めなかった。この中学校は町内で1校しかなく、町内に3校ある小学校の人たちが集まる。  ここよりは人口の多い市から来た事は伝わっているらしく、僕は異質の存在で。  色々とあって悩んで。その時に声をかけてくれたのが澄也と靖司。 「困ってたら言えよ。同じクラスの男子同士、何でも言ってくれ」  靖司が言った後に澄也も言った。 「このクラス他のクラスより良いの。珍しいから転校生って。そのうち皆、慣れるからさ」  おかげでバスケ部にも誘われて楽しくなった。  だから2人が揉め事に巻き込まれている姿を見て何とかしたかった。恩返ししたかった。  家に帰ると疲れてソファーに座ったまま。 「どうする?明日の講習休む?」 「休まないよ。母さん仕事抜けさせてごめん」 「いいのよ、ごめんまた仕事に戻るから。鎮痛剤ここに置いていくから」  左腕だから何とかなる。夏期講習は休まなくても大丈夫。ソファーに寝転がる。  しばらくして携帯電話に着信。警察署からで慌てて身体を起こした。 「もしもし俺だ」  仁君だった。ホッとして流れた涙を手で拭った。 「静花は仕事行ったか」  頷いて鎮痛剤の入っている袋を見つめる。 「飯は食べたか」 「いや、まだそんな気持ちになれなくて。迷惑かけてごめんなさい」 「迷惑なんてかけられたと思っていないよ。拓麿は優しいなと思ってさ。何かあったらすぐに電話して来いよ、遠慮しなくて良いから」  電話を終えた後に涙が流れだした。ティシュで拭いて再び寝そべる。塾の同じクラスの人たちからの着信やメールがきていた。その対応などをしているとピンポンと音がした。 「おぅさっきは」  澄也と靖司だった。その後ろには元カレとトラブルになった女の子が俯いている。 「いま深賀さんって人から電話きて。拓麿に食べ物持って行ってやってくれって言われて」  2人がコンビニの袋を目の前に出した。澄也が俯いている女の子を見た。 「巻き込んでしまってごめんなさい。怪我の原因は私にもあるから。本当にごめんなさい」  女の子とあの男が揉めていなければ、澄也も靖司もあの場にいなくて良かった2人。僕も普通に帰って怪我しなくて済んだ。でも・・・・・・。 「僕が蹴られただけだから。心配しないで。どうか澄也を宜しく」  文句言っても仕方がないし。3人が帰ってフーッと深呼吸。コンビニの袋の中には、おにぎりや飲料、パンや惣菜が入っていた。お金は?と訊けば深賀さんが出したと言っていた。返さないとな。  あんまり食欲がなく、おにぎりを食べず惣菜もパスして、ゼリー飲料とパンを半分食べて塾の課題をやっていた。  夏休みの部活はマネージャーの手伝いをした。通院はバスで行ったり仁君が送迎してくれている。 「このあと何か用事あるか」 「特にない」  笑って鞄から2枚の細長い紙を見せた。それを見た僕は仁君を見た。2枚の細長い紙は、県唯一のプバスケットチームの試合のチケットだった。 「通院も今日は早く終わりそうだし、静花が今日なら良いんじゃないって言ってたから」 「仁君さ、母さんの名前言う時にニコってなる事に気づいた」 「えっマジで?そこは黙ってろよ拓麿」  焦っている仁君を父さんと呼ぶ時は来るだろうか。           (了)
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