1125人が本棚に入れています
本棚に追加
………
琴音とは、優菜の会社が入るオフィスビルの前で別れた。
そして到着したと、優菜にメッセージする。
大きなエントランスホールのある立派なビル。
たくさんの人が、外に吐き出されてくる。
俺はそんな人たちをなんとなく眺めながら、脇の花壇に腰かけて優菜を待った。
「…真莉!」
目の前に立つ人の足元が目に入る。
コツン…とヒールの音がして、艶やかなベージュ色のパンプスを見つめた。
「お待たせ…!」
顔を上げてみれば、そこには予想以上に大人の優菜が立っていた、
靴と同じような色の、光沢感のある膝丈のタイトスカートとジャケット。
中のブラウスは襟なしの白。
柔らかそうにうねる長い髪は、後ろでひとつに結んでいる。
ちょっと…言葉がでないぞ。
綺麗すぎて。
おずおずと立ち上がれば、優菜の顔は、俺よりずいぶん下になる。
さっきまで一緒にいた琴音よりは背が高いみたいだな。…ヒールのせいもあるか。
内心、そんな感想を抱いていたら、突然背後に男が近づいて、優菜が振り返った。
「優…いや、笹川、今帰りか」
「…あ。課長」
課長?
今、優菜…って呼ぼうとしなかったか?
近づいて来た課長らしき男は、優菜の前に俺がいることに気づいたようだ。
…おせーよ
「…あ、いや。一杯飲みに行かないかと思ったんだが、…」
「そうだったんですか?でも、今日はちょっと…」
「なに、そちら…もしかして彼氏とか?」
そんなこと聞かれるとは思わなかった。
…あー、もう少し大人っぽい服着てくれば良かった。
いかにも質の良さそうなスーツを着ている課長らしき男の身なりを見て思った。
…革靴もピカピカじゃん。
「…はい。恋人です。恋人の、真莉ちゃんです」
「え…」
恋人って、2回も言われると思わなかった…って、驚く場面そこかよ…
「へぇ…ついに笹川にも恋人ができたのか…これはちょっとしたニュースかもな」
明らかに動揺した様子の課長らしき男。
トドメを刺すように、優菜が俺の腕に抱きついて、体をぴったり寄せてきた。
「ニュースにはならないと思いますけど、そろそろいいですか?私たち、これからいいところなんです」
いいところ…?!
思わず優菜を見下ろせば、カールした長い睫毛の瞳に出会う。
「…あぁ、じゃあまた、週明けに」
課長らしき男は俺にもちょっと会釈をしてくれて、何気に勝った気になった俺は、笑顔まで添えて会釈を返した。
「…帰ろ。真莉ちゃん」
「うん…」
電車に乗って俺のマンションに帰るまで、優菜は会えなかった間の話をしてくれた。
時折「真莉は?」と聞き返してくれるけど、話の8割は優菜。
俺…こんなに聞き上手だったっけ。
………
「あ。優菜、お腹減ってないの?」
…家に着いて、手を洗いながら気づく。
途中で食べるなり、買い物するなりすれば良かった…。
返事はないけど、優菜も洗面所に来た。
だから同じく、手を洗うんだろうと思ったのに…
「お腹すいた…」
そう言って、俺の手を取って、指をパクンと咥える。
「え…」
冷たい水で洗ったばかりの指は冷たくて、でも咥えられた優菜の口の中は熱い…
なんか…舌を動かされたらヤバいなぁ、なんて思っていたら、上目使いの目がニコッと笑う。
「指は食べられないから…なんか作ろっか?」
パッと雰囲気を変えて、優菜が断りもなく冷蔵庫を覗く。
「…あ!冷蔵庫には…」
「なに?見られたくないものでも入ってる?」
「いや。そんなものないけど…食べ物なんか何も入ってないよ?」
「うっそ…あるじゃん!卵とネギ!」
レンチンで食べられるパックのご飯も見つけて、チャーハンを作るという。
「エプロンは?」
「そんなもん、ないけど」
「じゃあなんか、普段着貸して」
ジャケットを脱ぎながら言うから、汚したくないんだな、と察した俺は、慌てて寝室のクローゼットを開ける。
「…あ。それ」
いつの間にか後ろに優菜がいて、覗き込まれてギョッとする。
「…女ものだね」
「…あぁ、前カノが置いていったやつだ。ぜんっぜん忘れてた…!」
最初のコメントを投稿しよう!