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少年はわたしを見て、子どもらしい高い声で言った。
「すべて書かれていたとおりになったよ」
「なにが?」
わたしもはじめて口をきいた。空気の匂いを嗅いだ。あつくもなくつめたくもない、微かに甘い樹の匂いがする空気だった。
「きみが、たくさんの人間に囲まれてたったひとりで大人になり、たくさんの仲間に囲まれて刹那の快楽の間を転々として暮らすうち、家を失くして、薬の為に愛を売るようになること。そして今日、崖から海へ飛び出すこと」
「その本にはくだらないことが書かれているのね」
わたしは言った。そうかな、と少年は首を傾げて微かに笑った。
「わたしは波に洗われる岩に砕け散ったかしら」
「きみの身体はね」
それならいいわ、とわたしは言った。安らかで、静かで、なんだかとても眠かった。
「もともと嫌気がさしていたの。どこに行っても満足できなくて、そのうち、自分の身体に閉じ込められているのが嫌なんだと気が付いた」
「そうらしいね」
「それも書いてあるの?」
「そうかもしれない」
少年は革張りの本の開いた頁を撫でた。少年と本、どちらが大きいかわからない。
「じゃあ、貸して」
わたしはすうっと近寄って、開いてある頁を破いた。少年は慌てて制止の手をのばす。それをかわして、すこし離れたところまで駆けて行って振り向くと、少年は呆然と突っ立ってこちらを見ている。
「見ていて」
わたしは破いた紙で飛行機を折り、そっと空気にのせた。紙飛行機は面白いほどなめらかにすべった。
「飛んでいる!」
わたしは叫び、大声で笑った。わたしの運命はゆっくりと飛んで、遠くの光のなかに消えていった。
了
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