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ドアが爆発した。
次の瞬間には、僕は床に投げ出され、耳の中で爆音がずっと鳴っていた。
真っ赤な炎が目の前で燃え上がり、壁は崩れ落ちていた。
煙が室内を満たし、視界がほとんどゼロになった。
頭を抱えながら必死で立ち上がろうとしたが、体が言うことを聞かない。
全身が衝撃で痺れていた。
「ソルトゥム博士、聞こえるか?!」
通信端末からシャープな声が聞こえたが、僕の耳にはうまく届かなかった。
ノイズのように響くだけだった。
それでもなんとか立ち上がり、転がっていたコンソールに向かって手を伸ばした。
指先が震えて、うまくキーに触れられない。
焦りが全身を覆っていく。
「聞こえるか、ソルトゥム!」
声がさらに大きくなり、ノイズと混ざり合いながらもなんとか耳に届いた。
「……ここにいる!生きてる!でも……何が起きてるんだ……?」
僕の声はかすれ、喉が焼けつくように痛んだ。焦げた空気のせいだろうか。
その時、廊下の向こうから何かが迫ってくる音がした。
低く響く金属音。足音ではない。
もっと異質で、もっと……重い何か。床を引きずっているような音だった。
「……動くな!」
通信が急に切れ、無線が沈黙した。
僕はその言葉の意味を理解する暇もなく、再び立ち上がった。
何かが、何かが近づいてくる。
僕は振り返った。
廊下の奥に、影がゆっくりと動いていた。
形が見えた瞬間、心臓が止まったように感じた。
何かがいた。
普通のものじゃない。それは形が不明確で、体が膨らんだり、収縮したりしていた。
まるで生物と機械が融合した、歪んだ何かだった。
金属の破片と筋肉のようなものが絡み合い、光を放つ部分が不規則に点滅している。
「なんだ……これは……」
僕は呆然と呟いた。
全身に鳥肌が立つのが分かった。
直感的に、これは僕の知識の範疇を超えていると理解した。
その時、影が音もなく近づいてきた。
動きは速くはなかったが、確実に迫ってくる。
僕は無我夢中でその場を飛び出し、研究施設の中央ホールへ駆け込んだ。
後ろを振り返る勇気はなかった。
この施設は、星系外生命体の研究を目的に作られた。
数十年かけて解析しようとしていた未知の力。
それが何なのかは誰も知らなかった。
ただ一つ言えるのは、それが“祈り”のようなものだと言われていたことだ。
科学者たちはそれを無意識に「神経場」と呼んでいたが、実際にはもっと不吉で、もっと異常なものだった。
僕たちはそれを封じ込め、観察していたはずだった。
だが、今、僕はその“何か”に追われていた。
中央ホールにたどり着くと、無数の計器がバチバチと火花を散らしていた。
周囲のモニターは狂ったように点滅し、数字や図形が絶え間なく変化していた。
まるで、この施設全体が発狂しているかのようだった。
「博士!」
背後から聞こえた叫び声に振り返ると、助手のラキトが顔を真っ青にして駆け寄ってきた。
彼の目は恐怖に染まっていた。
「どうなってるんだ!?」
「封印が……開いたんだ……あれは封印じゃなかった!ただの……カバーだった!」
ラキトは息を切らしながら、恐怖を堪えきれない様子で叫んだ。
「何を言ってる?」
僕は彼の肩を掴んだ。
「何がカバーだ?あれは安全なはずだった……完全に制御していたはずだ!」
ラキトは首を振り、涙が溢れ出ていた。
「あれは制御なんかじゃなかった!ただ……隠していただけなんだ!僕たちは……最初から間違っていた!」
その瞬間、ホールの入り口が軋み、金属音が響き渡った。
振り返ると、あの存在が再び現れた。
ゆっくりと、でも確実にこちらに向かってきていた。
もう隠れる場所はなかった。
ラキトは足元から崩れ落ち、僕はその場に立ち尽くした。逃げる場所はない。
全てを捨ててきた。
研究にすべてを注ぎ込んできた。
それでも、僕たちは何も理解していなかった。
影はさらに近づく。
光の点滅が急速に激しくなり、異質な音が頭の中に響いてきた。
僕は、もう一度コンソールを叩いた。
意味のない抵抗だと分かっていたが、何かしなければならなかった。
「これが……“神”なのか?」
僕は呟いた。
祈りに似た科学。
何度もその力を信じた。それが僕たちの失敗だったのか?
その時、影が突然消えた。
音も、光も、何もなくなった。
空気が冷たく、異様に静まり返っていた。
僕は何が起きたのか分からなかった。
ただ、目の前にあった異常な存在が、突然無かったかのように消え去ったのだ。
「ラキト……?」
振り返ると、ラキトはそこにいなかった。
さっきまで僕の目の前で恐怖に震えていた彼が、どこにもいなかったのだ。
床にはただ、彼のジャケットが落ちているだけだった。
僕は一歩、彼の残骸に近づいた。
だが、そこで全てが凍りついた。
床に残されていたのは、ジャケットだけではなかった。
そこには文字が刻まれていた。
「帰れない」。
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