おはなしのすみか

3/4
前へ
/4ページ
次へ
とある朝、鈍い音を立てながらその建物の重い扉が開きました。 かたかたと軽やかな足音を鳴らしながら、また、周りをぐるりと見渡しながら入ってきた二人は、早々に言葉をぽつぽつと落としながら本棚を見ていきます。 やがて、片方の子供、大人びていた少女が、一冊の本を手に取りました。 慣れたような手つきで丁寧に埃を払い、恐る恐る中を覗きます。 やはり、おはなしは見えなかったようです。 少女が手元で可憐に埃を踊らせていると、もう片方の子供、まだ幼いと思われる少年が無邪気に近寄って来ました。 そして背伸びをして本を眺めた後、なんとも真っ直ぐな言葉を放ちました。 あれ? なんで本なのにもじとかなにもないの? 少女が応えます。 なんでだろうね、あ、もしかしたら私たちに見えないだけかも知れないよ? 少年は首を傾げ、少しの間、小さな音たちだけがこの広い空間の主役になりました。 わかった! いきなり、少年が輝かしい元気な雰囲気を、知らずのうちに振りまきながら喋ります。 ふたりでかこうよ! もじでおはなし! おはなしが、みんなが見えるように! 少女は静かに、いいね、と同意し、それぞれ秘密のところの秘密の本に秘密のおはなしをかこう、と提案しました。 少年はにこにこしながら大きく頷き、二人はそれぞれいくつかのおはなしをかきました。 体感ではちょっとの時間が経った頃、二人は忘れていた時間を自分の中に帰し、朝に開けた扉へと向かって歩いていました。 すると、少年がゆっくり足を止め、やがて完全に後ろを向きました。 すぐに一言。 ここ、やっぱりなんだかさみしいね。 ぼそっと呟いたはずの言葉は、建物の端にまで満ちてしまっていたようでした。 それに気付いた少年は慌てて、本たちはさみしくないかもしれないけど、でもね、ごめんね、と付け加えました。 そして、少年より先を歩いていた少女を追いかけて、しっかりとした足取りでとことこと走ります。 花を植えよう。 そうすればみんな寂しくないよ、きっと、ね。 少女がぱたりと足を止め、普段は柔らかく滑らかに動く口をはっきりと開けて喋りました。 落ち着いた声は変わりませんでしたが、ちょっぴり楽しそうな雰囲気でした。 いいね、それだね! ねぇねぇ、なんのお花うえる? 少年は、ぴょこぴょこと跳び回るような声で話を広げます。 ぼくはね、オレンジのヒマワリ! ぼくたちとおそろいで、二つにする! と少年。 ヒマワリ、いいね。 そうだなぁ、それじゃあ私は、ヒナソウにしようかな。 ひまわりと同じように、君と私で一本ずつ、二本植えようか。 と少女。 二人は、また明日ここに来て種を蒔こう、そうして明日からここに通って、みんなには秘密の花を育てよう、と約束をしました。 そして、二人はまた、その建物に一つしかない扉を開けたのでした。
/4ページ

最初のコメントを投稿しよう!

0人が本棚に入れています
本棚に追加