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 坂道の途中に、唐突に一軒家があった。見た目は普通の家だが、よく見たら「今月の法要」「お釈迦様の言葉」等、お習字が貼られた掲示板が前に立っており、簡素な門に「大福寺」とあったので、これが目的の寺だと判った。  駐車場がないので門を過ぎたところに路駐しようとしたら、「あ、敷地に入ってもらって大丈夫です」と大きな声が聞こえた。  エプロン姿のおばさんがビニール手袋と長靴姿で立っており、まん丸な顔で、にこにこ笑って手招きしていた。  敷地内の草むしりをしていたらしいおばさんは、住職の奥さんのはずだ。ホームページに写真が載っていたので分かる。  砂利が適当に散らばった庭に車を停めた。おばさんはゴミ袋に抜いた草をどんどん入れているところであり、首に巻いたタオルで汗を拭いていた。  「お電話いただいていた方ですよね」  と、おばさんはフレンドリーに言った。その様子は、お寺の人らしく接客慣れた感じがした。どうぞ、どうぞ、とおばさんは言い、玄関に招き入れてくれた。  綺麗に掃除してあり、廊下はつやつやだし、玄関には見事な生け花が飾られていた。  どうぞどうぞと勧められるままにお座敷に入ると、テーブルには待ち構えていたかのようにお菓子のお盆が乗っていて、きちんと座布団が敷いてあった。  今呼んできますからねと言い、おばさんは襖を閉めて去っていった。  お香のにおいが漂っていたし、純和風な佇まいだったが、ちっとも敷居が高い感じがしなかった。  「にゃー」    猫の声がした。  いもとが敏感に反応した。    「猫好きの住職さんらしいから」  ホームページのリンク集に、猫関連のものが多かったことを言ったら、いもとは突然笑い転げた。  なにそれ、お寺のホームページなのに、猫ぉ。座布団の上から落ちる勢いで笑っている。  「あっ」  思い当たって、思わず声を上げた。いもとは気づかず笑い続けている。  そうだ。どうして気づかなかったのか。  このお寺の近くに町営住宅があるはずだ。それは、ばあちゃんの遺書に書かれていた、わたしの母親と弟が住んでいるという、町営住宅だ。  ぽちゃん。  それに思い当たった瞬間、まるで何かの合図のように、障子の向こう側、縁側から見える庭の方で、水がこぼれるような音が聞こえた。 **  色白でふくふくとした住職だった。  ばあちゃんのお骨のことや、宗派もよく分からないこと、自分の奇妙な立場や、今から家を退居するがまだ次の住所が見つかっていないことなど、事情を話した。  話の最中にも何度か猫の鳴き声が聞こえ、その度にいもとがそわそわとした。  (猫好きだもんなあ)  小学校の頃、捨て猫を見てはそわそわしていたいもとを思い出した。    「色々な事情な人がいますし。もっと複雑で深刻な方もおられますが、お骨をお預かりしていますから」    すっかり話を聞いてから、住職は言った。  お経映えのしそうな深い声だ。  「書類はお渡ししておきますので、必要事項を書いて持ってきていただければ」  その時にお骨を持って来てもらったら、そのままお預かりしますよ。住職はあっさりと言った。  なんなら室内墓地を見て行かれますか、と住職が言うので、言葉に甘えて見学させてもらうことにした。  一度屋外に出て、砂利の庭を歩いた。小奇麗な平屋建てが寺の裏にあり、どうやらそこが、お骨の安置場所らしかった。    「時間内は、自由にお参りに来られて大丈夫ですよ」と、住職は言うと中を見せてくれた。  ずらっと棚のようなものに、骨壺が安置された小さなスペースが並んでいた。  障子戸が開いており、縁側から外光が爽やかに差し込んでいた。縁側には籐でできたテーブルセットがあり、お参りに来た人が休めるようになっている。  そこは、墓地というより、家の奥座敷のようだった。  月々の金額も、決して高くはない。  ここならばあちゃんも居心地が良いだろう。もはやわたしの気持ちは決まっていた。  「一週間以内に御返事します」  と、わたしは言った。  いもとの出勤時間が迫っていたのもあり、おいとますることにした。住職と奥さんが車まで見送りに来てくれた。  「あ、三毛ちゃん」  助手席に乗り込んだいもとが鋭く叫んだ。小さな三毛猫が奥さんの足元に体を擦りつけていた。  「猫が5匹いるんですよぉ」  奥さんがふくふくと笑いながら言った。  いもとは目をきらきらさせて、奥さんに抱っこされた猫を見つめた。  かわいいー、かわいいー。  いもとは嬉しそうにはしゃいだ。せっかく車に乗りかけたのにまた戻って、奥さんの腕の中の猫を撫でている。  「猫関連のサイトのリンクがたくさんあったので、猫がお好きかなと思っていたんです」  わたしは言ってみた。  住職は嬉しそうに「見てくれたんですか」と言った。  なんでも好いなと思ったらリンクするようにしてるんですよ、閲覧数が伸びないもんですから。  からっと住職は笑った。  「高校の自然科学部もですか」  決してカマをかける目的ではなかったが、なんとなく聞いてみた。住職は目を細めた。  「うちの娘が、部活に入っているので。たまにうちに部活の子が来て、この辺の草や土を採取していきますよ」    ちょろちょろ。  さっき座敷で聞いた水の音は、きっと庭の池から聞こえた。松の木の陰からか細い音が聞こえ、ちらりと見ると、そこには小さい池があつらえてあった。気づいたタイミングで、「か、こん」と、鹿威しの澄んだ音が響いた。 
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