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 倉本邸から人力車を走らせ女学校に入り、校舎の前で下りる。 「ごきげんよう、櫻子さん」  大きな朱色のリボンを髪に飾った櫻子お嬢様が、ごきげんようとご友人に挨拶を返した。 「お嬢様、どうぞ」  私は抱えていた風呂敷包みを櫻子お嬢様に差し出す。包みの中には教科書と筆記具が入っている。 「いつもありがとう、より子」 「行ってらっしゃいませ」  櫻子お嬢様が校舎に入るのを見届けると、私は敷地内の端にある『御付部屋』へと移動した。  『御付部屋』はその名の通り、御付女中たちが控える部屋となっている。年齢は様々。待機している間は各々好きな事をしている。と言っても自由時間ではない。職務中である。  ほとんどの女中が裁縫箱を持参して、着物を直したり、小物作りをするのだ。  私は年上のリンさんから洋裁について学んでいる。ボタン付けは覚えたばかり。  次は型紙の取り方を教えてもらい、自分用のブラウスを一枚仕立てるつもりでいる。よく出来ていたら櫻子お嬢様にも、と一人で画策していることはまだ誰にも言っていない。
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