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 櫻子お嬢様の学校が終わり、倉本邸に帰ると、屋敷の前に一台の自動車が停まっていた。 「どなたかしら?」  小さな花が微笑むような声音(こわね)でお嬢様は小首を傾げる。 「聞いて参りますね。お嬢様は先にお部屋へお戻り下さい」 「ええ」  わずかに声の弾むお嬢様の脇を通って私は台所へ向かう。お客様にはお茶を出しているはずなので、お客様の名前を把握している使用人がいるだろう。  台所に入ると私の顔を見て「より子ちゃんお帰りなさい」と若い女中がにこりと笑う。 「ただ今戻りました。前に自動車がありましたがお客様ですか?」 「坂本孝介(さかもとこうすけ)様と近藤有理(こんどうゆうり)様ですよ。忠之坊ちゃまのお部屋にいらっしゃいます」  私の後ろから女中頭が答える。振り向くと柔和な顔で続けた。 「孝介様からは、櫻子お嬢様がお帰りになったら声を掛けるようにと、申し遣っております。より子、行って来てくれますか?」 「はい」  私は櫻子お嬢様にお客様の名前と、孝介様の件を伝え、それから忠之様のお部屋に向かった。  忠之様は、櫻子お嬢様の長兄。次兄に博之様がおり、三人兄妹でいらっしゃる。  それから坂本孝介様は、櫻子お嬢様の婚約者だ。  近藤有理様は忠之様と同じ年齢で、ご友人である。  坂本様も近藤様も、家同士の付き合いがあり、幼い頃より一緒に遊び育った仲なのだ。
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