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 足首に痛みはあるが、歩けないということはない。一人で厠にもお風呂にも行ける。ただ走るのは今のところ難しそうだった。  部屋の片隅には女中頭が気を利かせて持ってきてくださった裁縫箱と着替え。反対の片隅にはくったりとした風呂敷包みと、愛用の巾着袋が転がっている。  昨日は怖くて触れなかったが、お嬢様の声を聞いて、顔を見て、言葉を聞いて、少しばかり安堵した私は腰を上げる。  あの場に散らばっていた生地とボタンと糸を、茂は丁寧に集めて持って帰ってくれていた。きっと誰も助けにきていなければ私はそのまま何も持たずにふらふらと彷徨い、人目を避け、今もどこかで身を潜めて震えていたかもしれない。  茂と、団子屋に行く約束をしていて良かったと心底思う。  気持ちがもう少し落ち着いたら茂には感謝を伝えよう。  風呂敷包みを広げれば、買ったものが全て揃っていた。ただ、生地は汚れてしまっている。 「洗ったら落ちるかしら?」  裁断する前に、どうせ水通しをしなければならない。  私は生地を持ってゆっくりと階段を降りると、律子さんに洗い場を貸してもらえるよう頼みに行く。 「今から別のものも洗うから一緒に洗いましょうか? その足でしゃがむのは辛いでしょう? もし汚れが取れないようなら声を掛けるわ」 「でも」 「任せてちょうだい! それにうちのお手伝いさんね、汚れ落としの達人なのよ! 満や茂が汚すものを片っ端から綺麗にしてしまうんだから!」  あら呼びました、と盥を抱えたお手伝いさんが顔をひょっこりと出す。 「洗うものがあります? いいですよ~何でも出してくださいね」 「ほらほら、ああ言ってくれているし、お任せしましょ」 「ありがとうございます。お願いします」  二人の笑顔に泣きそうになった私は、素直に甘えることにした。 「おはようございますー、酒屋ですー、ご用聞きに参りましたー」  低くよく通る男性の声に私の肩はぴくりと上がり、身体が萎縮する。 「より子さんは二階に上がっていてね?」 「はい、すみません」 「はーい、お待ちくださいな。今行きますね」  律子さんに背中を押されて私は階段を上がる。律子さんが玄関を開ける音を聞いただけで、今にも誰かが私を追いかけて来そうな気がして吐き気がした。  鎖骨の間に指を置く――、しかし、そうして私は何度も打ちのめされる。そこに大事なものはないのだと。幾度繰り返せば失くしたことを認めることができるのだろう。  私は着物の合わせをぎゅっと握って、二階の客間に逃げた。
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