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翌日の倉本家は来客を迎えるための準備に追われていた。
お客様は夕方にお越しになるとのことで、それに合わせて大広間のテーブルや椅子をピカピカに磨き、台所では料理を用意していく。
大広間で最終確認をしていた満が私を見つけてこっそりと耳打ちしてきた。
「あの端がより子の席だそうだよ」
「私の席!?」
満は下座の椅子を指し示す。
「なんで?」
「お礼を言いたいと、旦那様にお願いしたって聞いたけど?」
「言った。……言ったけど、まさか席まで用意されるなんて思わないじゃない!?」
私は椅子の数をかぞえる。八脚あった。
旦那様、奥様、忠之様、博之様、お嬢様。それから主賓と、私?と、もう一席ある。
「他にどなたかいらっしゃるの?」
「孝介様だよ」
「孝介様もあの男たちを?」
「あの辺りにある知り合いの店に当たってくださったんだよ」
「そうだったのね。孝介様にもお礼を申し上げなければいけないわね」
「うん」
私は申し訳ない気持ちを抱きながらも、胸に温かさが広がるのを感じた。
満がおもむろに懐中時計を出して時間を確認する。
「そろそろお出迎えの準備をしよう。女中たちに声を掛けてきてくれるかい?」
「もちろんよ」
そう言って私たち使用人は主賓をお出迎えするために玄関前に整列した。
一台の自動車が屋敷の前に止まる。運転手が後部扉を開け、まず降りてきたのは坂本孝介様だった。そして孝介様は自動車の中に手を差し伸ばし、中にいる方の腕をゆっくりと引いた。手を貸している姿から中の方はご老体なのかもしれない。その方が今日の主賓なのだろう。
一体どなたなのだろうか。誰に聞いても教えてくれなかった。私が知っている方だろうか。
孝介様より少しだけ背の高い方がすっと自動車から降りる。背中は曲がっていないし、白髪でも禿頭でもない。
その真っすぐな瞳と視線が重なった。
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