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倉本家の旦那様に呼び出された私は、女中頭と共に旦那様の執務室に入った。
「より子」
「はい」
旦那様の隣には奥様もいらっしゃる。櫻子お嬢様は奥様によく似ており、外では姉妹に間違われることもままある。
「櫻子についてよくやっていると聞いておる」
「いえ、まだまだでございます」
「それで櫻子にな、坂本に嫁ぐ際にはより子も連れて行きたいと言われたのだ」
「幸甚にございます」
「より子よ、いくつになった?」
「二十一でございます」
「子があっても良い年頃だのぉ」
私は曖昧な返事しかできなかった。旦那様が何を言おうとしているのか分からない。隣の女中頭は先に内容を聞いているのか、静かに目を閉じて成り行きを見守るばかり。
「それで、より子には櫻子がいづれ産む子の乳母になってもらいたい」
「め、乳母に? ですが、私はまだ子を産んでもいません。乳母であるなら――」
「櫻子が、より子でないと嫌だと言うのだ。何も案ずることはない。櫻子の祝言は二年後、その時により子に赤子が産まれておれば良い。逆算すれば今年の内により子が結婚すれば良いと言うことだ!」
旦那様は良い考えだろうとでもいいたげに満足げな表情をしている。
「私が結婚? しかしお相手がおりません」
「使用人の中でも、出入りの商人でも良いぞ? 誰か好いた男はいないのか? 言ってみよ、この儂が調えてやろう」
「より子には、年の近い満か、茂はいかがでしょうか?」
満は忠之様の秘書。茂は博之様付きの使用人だ。二人とも家令の息子で身元は確かである。
「いかがかな、より子?」
「あの、考える時間を頂戴しても、よろしいでしょうか?」
「ああ、もちろんだとも。より子は今も給金の半分を実家に送っているのだろう? そろそろ身を固めて自分の家庭を築いても良いと思うだ」
「……はい」
私は旦那様の執務室を退室する。青天の霹靂で頭がまだついていかない。
中では旦那様と奥様、それから女中頭がまだ「より子は」と話しを続けていた。
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