1人が本棚に入れています
本棚に追加
……俺の今の生きる目的は……観月さんだ。
今日初めて会った、和胡ではない。
いくら国民の天使から告白されたとしても、恩人を裏切るわけにはいかない。
「すいません、和胡さん。やっぱり俺……付き合えません」
「……嘘? 本当にいいの? こんなチャンス二度とないよ?」
「やめてください。これ以上揺さぶらないでください。俺には今……居場所があるんです」
「……ふーん、このお店が、そんなに大事なんだね」
俺は静かに首を縦に振る。
そうだ。何者でもなかった俺に生き方を教えてくれた観月さんに、そしてこの店以上に……大切なものなんてないんだ。
もう一度、今度は自信を持って頷いた。
「なーんだ、つまんないの」
和胡は不貞腐れるように、ベッドに敷いていたタオルで足元のオイルを拭いた。
俺はその様子を、ただただ黙って見届けることしかできなかった。
「もういいわよ。お金はテーブルの上に置いてあるから、部屋から出てって」
「……かしこまりました」
和胡が投げたタオルをキャッチして、急いで帰る支度をする。
オイルやタオル、そしてテーブルに置いてある三万円をバッグに入れて、気まずい空間から逃げるように部屋を出た。
まだ手にはオイルがビッシリと染みついている。
ロビーのトイレで手を洗ってから、深夜の港区へ。
太客のリピーター様を作るというミッションは失敗に終わったけど、何故だか清々しい気持ちで満ちていた。
「ったく、相変わらずさみぃな」
背筋を伸ばすような突風に舌打ちをしてから、事務所に戻ることにした。
最初のコメントを投稿しよう!