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息を押し殺して座り込む時間は酷く長く感じた。蒼月の足音は既にしない。湖からそう離れていない場所なのに追手である男たちが此処を通らないことが冬華の恐怖心を煽る。逃げた方向は見られているはず。一直線に逃げたわけではないにしても追手が通らないということはあり得るのだろうか。
それでもこの場から動くということは危険が高いと思い、只々息を潜め続けている。鴉が鳴く声と共に木の葉が踏まれる音がした。
「まだ遠くには行っておらんだろう。何故見つからぬ」
不服そうな声が響く。護衛と思われる二人だけが追っていると思ったが、どうやら主と共に追っているようだ。道理で中々追手が来ないわけである。
「大体何故余も追わねばならんのだ」
「上様をお一人にするわけにも行きませんので」
高貴な男の正体は帝であった。帝自らがこの地まで訪れるほどに龍神は重要なのか、それとも蒼の一族をそれほどまでに目の敵にしているのか。どちらにせよ、帝がいるということで護衛の動きは制限されているのは救いであった。
「蒼の一族の青年を殺した後、村はどうするおつもりですか」
「ふん、蒼の一族を匿う忌々しい地などいらん。焼いてしまえ」
心臓が激しく鼓動する。ばくばくと跳ね上がる音がやけに大きく聞こえて、彼らに気づかれまいと音を漏らさないように胸を手で抑えつけた。意味のない行為であるのは分かっている。それでも必死に音を殺そうとした。けれど、動いたことで僅かに草木を揺らしてしまう。
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